【いい銃の日記念番外編】千人塚博士の武器
長野県大町市
環境科学研究機構甲信研究所 千人塚研究室
「おはようございまー……どうしたんですか……これ」
元気よく出勤してきた小笠原ちゃんが引いている。
無理も無い。それ程の惨状だ。
「あはは、そういえば小笠原ちゃんは初めてだっけ」
色とりどりカラフルに梱包された贈り物の数々
甲信研では毎年の恒例行事だが、去年のこの時期は小笠原ちゃんは研修に行っていたからまぁ……ね
「おはようございます……ああ、もうそんな時期ですか」
出勤してきた諏訪先生が困ったように笑う。
「おはよう、今日は片付けだね」
私達が所属する環境科学研究機構は英語表記では『National Environmental science Research Organization』だ。
国営とついている通りほぼ公共機関の様なものだが、日本政府とは違って米国とは非常に仲がよろしくない。
『機構』が世界中の超常管理機関の例にもれず実態が秘匿されているために表立って明言される事こそ無いものの、扱いとしてはほぼほぼテロリストのそれだ。
そんな状況であるために私達はアメリカ製の武器・装備等を購入する事が出来ないのだ。
世界の警察アメリカが輸出規制を行うとなれば、世界中がそれに追従する。
のが、表の世界の常識だろうが、生憎とこちらの業界の国際関係はかなり複雑で単純に敵味方を区別できるようなものではない。
お陰で各国の航空機メーカーやら銃器メーカーやら軍用車両ブランドからすると『機構』は世界中の軍隊やら法執行機関やら超常管理機関やらに絶大なシェアを持つ米国の各種企業の手が入っていない未開のフロンティアと見なされている。
であるが故の惨状だ。
「じゃあ、小笠原ちゃんに問題! 今日はなんの日?」
「今日……ですか? うーん……火曜日って事じゃ無いですよね?」
「何言ってるんです? 今日はオルゴールの日じゃないですか」
出勤してきた藤森ちゃんが口を挟む。
オルゴールの日?
「藤森ちゃんおはよう……オルゴールって?」
「おはようございます。私の地元のオルゴール博物館の記念日じゃないですか! いい音・オルゴールの日って」
「またローカルな……」
藤森ちゃんの異常な郷土愛は今に始まった事じゃないが……
「まあいいや、今日は『いい銃の日』だよ」
「いい銃の日って……ダジャレじゃないですか!」
「それに関しちゃまあ……ほとんどの記念日はダジャレだし」
「でも、それとこのプレゼントに何の関係が?」
昔『機構』の資材調達担当者が冗談交じりにピエトロ・ベレッタ社の営業担当者に話した事に始まると言われるこの記念日は、割とすぐに欧州の銃器メーカーに広まってしまった。
商魂の逞しい欧州商人達が試供品として様々な品を得意先の研究室や部署に送りつける伝統が生まれてしまったのも無理からぬ事だろう。
その中でも特に顕著なのが各特殊部隊とうちの様な特定管理研究所だ。
装備品の個別購入が多い特性上営業をかけられる事も多いため、しっかり顧客として把握されてしまっているのだ。
そこらの生半可な国では輪郭すらも掴めないと言われる『機構』の主要研究所に、研究室と職員を名指しで送りつけて来るのだから恐ろしい。
「これ……全部銃なんですか……?」
「ほぼほぼ銃か周辺機材だね、たまにカタログギフトみたいなのもあるけど……そこに載ってるのも鉄砲絡みだよ」
「ここって日本ですよね……?」
「まあ、今更でしょ?」
事実『機構』における支給品以外の銃器の普及率はおよそ1400%と言われている。
単純計算で一人辺り14丁の銃器を個人で保有していることになるが、台帳で管理してあるので問題は無い。
「みんないつも通り欲しいのあったら言ってね」
そのためすぐさまその場でというわけにはいかないが、必要書類を提出さえすればこれらの支給品を個別購入品扱いで装備に加える事も出来る。
「いよっ! 待ってました!」
「ありがたい! 丁度FALが限界で新しいのが欲しかったところです!」
「おやっさん、相変わらずそんな骨董品を……もっと新しいのに乗り換えましょうよ」
「そうは言うがなぁ……」
「おっ! グロックの新色!」
もっとも、このイベントで大はしゃぎするのは一部のマニアを除いて調査員の皆だ。
クリスマスプレゼントを目の前にした子供のように目を輝かせている。
「あ、そういえばお出かけ用の機関拳銃探してるんだった!」
「それならMP7が評判良いらしいぞ」
「いっそグロックのフルオートとかも面白いんじゃ無いか?」
「安心の国産って言いたいところだが……TMPは使った感じ悪くなかったな」
……お出かけ用の機関拳銃とは?
まあ、実際にお出かけに持っていくとは思えないので何かしらの隠語だろう。
「皆さん凄いですね……」
「まあ、調査員の皆からすれば大事な仕事道具だしね……小笠原ちゃんも欲しいのあったら遠慮しなくて良いからね?」
「うーん、私は支給品でいいです。特に使う予定も使いこなせる見込みも無いので」
まあ、そんな感じだよなぁ……
かくいう私もそこまで鉄砲にはロマンも必要性も感じていない。
要は撃てて当たれば良いだけの道具である。
撃っても当たらない私みたいなのは、優秀な調査員ズに守って貰うのが効率的だ。
「ふむ……今年は国内メーカーも沢山送ってきている様ですね」
「あー、白人に客を取られるって慌てたのかもね」
諏訪先生は楽しそうに散弾銃を品定めしながらだ。
大口径の銃や散弾銃、擲弾筒向けにあまりよろしくない薬品やらを仕込んだ銃弾を作成する趣味を嗜む彼は毎年このイベントを楽しみにしている。
「私はこれをいただいてもよろしいですか?」
「また随分上品なヤツだね……なんて銃?」
軍用銃ばかりの中で異質な上下二連式の散弾銃
樹脂製の床尾には古代の魔除けの刺青をモチーフにしたと思われる彫刻が、機関部には同じコンセプトであろう金象嵌の見事な細工が入っている。
「ミロク製作所のMS2000NERO……MS2000の『機構』向けモデルの様です」
「ミロクってスポーツメーカーだよね? うちは一応秘密組織のはずなんだけどなぁ……」
「産業振興施策の一環でしょう」
「ああ、あったねそんなの」
超常の秘匿は『機構』の命題の一つだが、既に秘密に触れた団体や企業のみで対応にあたるとなると市場の変化による技術の途絶に対応出来なくなってしまう。
対超常技術の硬直化と停滞を防ぐために、優れた技術力を持つ企業に『気付く』為のヒントを与える。それが産業振興施策だ。
その対象に選ばれて、超常に触れる資格を得たというのなら猟銃や競技銃を作っていたミロクが試供品を贈ってきたのも納得できる。
うちの研究室ピンポイントで、というのは保全上の不安を禁じ得ないものだが……
「他はいいの?」
「ええ、私にはこれがありますので」
そう言って白衣の内側に吊した愛用の豪奢なリボルバーを見せてくる諏訪先生
コルトのSAA、特注のエングレービングモデルらしい。
「物持ちがいいね、戦利品だっけ?」
「ええ、青春の思い出です」
かつて在日米軍基地内で『機構』と彼が衝突したときに偶然手に入れた基地司令の私物らしい。
諏訪先生が『機構』に帰順した後に返還しようかとも思ったが、アメちゃんへの嫌がらせの為にあえてそのままにしてある。
折角のリボルバーだからと、逃走中に楽しく習得したのだというクイックドロゥの技術ですれ違いざま顔面に四発くらった事のある身としてはあまり楽しくない青春の思い出である。
「そういえば博士の拳銃も戦利品ですか?」
「ん? 私のは小笠原ちゃんのと同じ支給品のPX4だよ?」
「あ、いえそっちじゃ無くて」
「ああ、これの事?」
よく考えたら当直やらの時はこっちを持ち歩いている事の方が多かったか
私は一挺の拳銃を机の引き出しから取り出した。
「そう、それです! それもアメリカ製のヤツですよね? ガバメントとかいう」
「詳しいね、あんまり銃とかに興味ないかと思ってたけど」
「あはは……いや、それは……」
「小笠原さん、博士と同じのが欲しいからって色々調べてましたもんね」
何やら言い淀んでいた小笠原ちゃんの後ろから藤森ちゃんが言う。
「ちょ、内緒って言ったじゃ無いですか!」
あら、かわいい事を仰る!
「あー、その……まあ、なんですか? 色々調べてアメリカ製だから買えないなって分かったわけです!」
「なるほどねぇ……」
駄目だ、ニヤニヤが止まらない。
もちろん小笠原ちゃんを馬鹿にするような意味じゃない。
非常に嬉しく、非常にむず痒いのだ。
「まあ……そうだね、これも一応戦利品だよ」
とはいっても、諏訪先生の様に文字通りの戦利品というわけでも無い。
『機構』設立から少し経った頃にアメちゃんの超常管理機関及び在日米軍の超常対応部隊へ極東地域の『事案』対応訓練を行った事がある。
その時の訓練責任者だった私に勲章とともに贈られた品だ。
見た目は将官用のモデルに近いが、中身はコルト社の最高級競技銃をベースに組み上げた小型拳銃なのだそうだ。
スライドには『Dr.Strangelife』という私の愛称が刻印され、グラナディラ製のグリップには日米のクロスフラッグのメダリオンがついている。
現在の『機構』とアメちゃんの関係性を思うと色々考えさせられる日米友好全開の超高級品だ。
「純正品は厳しいかも知れませんが、同じ様なモデルなら手に入るかも知れませんよ? あ、博士私達はこのリストの品をお願いします」
「ほいよ、それで同じ様なモデルって?」
羽場君が調査員の皆の希望品リストをこちらに渡して言う。
「ええ、ガバメントモデルはとっくにパテントが切れていますので、各国のメーカーがコピー品を沢山作っているはずです」
「へぇ……そういうもんなんだねぇ……」
「博士の銃も消耗品はそういったコピー品からとっているんですよ?」
知らなかった。
基本的な手入れ以外は羽場君に丸投げしていたからなぁ……
「ん? ってことはパーツ取って余った部品ってどっかにあるんですか?」
「ああ、一応博士の銃の予備部品として保管してあるぞ」
「おおっ! もしよかったら分けて貰えませんか?」
「構わんが……なるほどな」
藤森ちゃんの言わんとしている事が分かった。
どうやら羽場君も気付いた様である。
「藤森ちゃん、いいの作ってあげてね」
「任せて下さい!」
甲信研究所 訓練場区画休憩室
銃の日から三日後、各研究室やKSSOFの詰め所もどうにか大量の贈り物を捌き終えていつもの日常を取り戻しつつある午後、私達はゲストを迎えてのんびりとお茶を飲んでいた。
「はぁ、それがフジモンの組んだガバかいな」
首都外郭防衛線の主要OPを預かる河西咲希主幹調査員である。
「なるほどな……パチモン集めて組んだっちゅうから心配しとったけど……こりゃかなりええな」
美術品でも扱うかのように白手袋をつけ、慣れた手つきで弄くり回しながら各部位を入念に眺めている。
「メインはシグのガバやな……こりゃ大分奢っとるなぁ……調整もかなり堂に入っとる。やるやん!」
「っす! あざっす!」
わぁ、体育会系なお返事
「銃身が3.5っちゅうのが気になるけど、まあ研究職の護身用っちゅう事ならこんぐらいがええのかもなぁ」
そう言うと河西調査員は銃を小笠原ちゃんに返す。
「ええ品やし何よりフジモンが心込めて組んだもんや、大事にしたってな」
「はいっ! 勿論です!」
私達がここに来た理由の一つはうちの子達が新しく手に入れた銃の試射だ。
毎年この時期に射撃場の予約が取れなくなることは既に分かっているので、去年のうちに予約を取っておいた。
射撃場使用の予定が予め分かっているという事で、もう一つの目的として半年に一回の射撃検定を行うことにした。ついでである。
『機構』の全職員は貸与されている武器について一定の練度を保つためにこの検定を実施することになっており、職種毎の基準点を下回ると地獄の特訓が待っている。
研究職の基準点は拳銃、機関拳銃、小銃それぞれで10/50点だ。
「しっかし、小笠原の嬢ちゃんもやるもんやなぁ……アベレージ48なんてなかなか出来るもんやないで?」
「あはは、まぐれですよ」
うちの小笠原ちゃんは優秀なのだ!
私も上司として非常に鼻が高い!
「それに引き換え博士は……真面目にやったん?」
「勿論! 本気も本気、全力を出し尽くしたよ!」
私のスコアは拳銃12点、機関拳銃10点、小銃16点だ。
補射二回で合格ラインを超えられるなんて快挙という他ない。
私も成長しているということだろう。我が事ながら実に誇らしい!
「そ……そういえば姐さんはどうしてこっちに?」
呆れたような顔の河西調査員に田島くんが話をふる。
鬼教官モードに入りそうな雰囲気を感じ取ったのだろう。実にナイスな判断である。
「どうしたも何も住重や! 連中ゴミみたいなバレルを送ってきやがってからに……ガツンと言ったらな!」
「ああ、MINIMIのあれですか……」
少し前に欠陥のある銃身がどうとかでリコールがあった住重の機関銃だが、その後にKSSOFに納入された銃身にも欠陥が見つかったという話はなんとなく聞いている。
首都外郭防衛線に駐留する人員はKSSOFの要員であり、資材も同じ枠で調達されている事を思えば彼女の憤りも納得であろう。
「河西ちゃん、気持ちはわかるけど営業の人にベアパンチしちゃダメだよ?」
「せんわっ! てかベアパンチってなんやねん!」
黙って立っていれば吉永小百合もかくやというほどの上品なレディだが口を開けば大阪擬き、人を殴れば羆そのもの
それが河西咲希という人物である。
ちなみに羆呼ばわりはあまりオススメ出来ない。
私は良いとしても、死んだり怪我したりするサピエンスな皆はやめておくに越したことはない。
「藤森さん、お出かけ用の機関拳銃はどうでした? 何か良いものは見つかりましたか?」
和気藹々と皆でお喋りしていると諏訪先生がそんなことを言った。
すっかり忘れていたが、何らかの特殊用途『お出かけ』に使う品を探していると言っていたが……
「あー……悔しいですけどミネベアの改良品をいただきました。悔しいですけど!」
ミネベアミツミの機関拳銃は自衛隊及び『機構』で制式採用されている機関拳銃だ。
『機構』向け超常戦仕様のM9Nを改良したハイエンド品を藤森ちゃんが貰ったのは把握しているが……
「悔しいって……なんで? 藤森ちゃんの大好きな信州企業の製品でしょ?」
「博士……佐久は群馬です!」
「出たっ! 藤森さんの南信州原理主義過激派!」
私を含めて藤森ちゃん以外の全員笑っているが、彼女は真剣そのもの……というか目が狂信者のそれだ。
この子大丈夫だろうか?
まあ大丈夫か、いつもの事だし!
「しっかし羽場のおやっさんといい、フジモンといい、博士んとこの調査員は癖の強い連中ばっかやなぁ……」
「河西ちゃんがそれ言うかね……まあ癖は強いけど、良い子達ばっかりだよ」
「知っとるよ」
楽しげに武器について語る調査員の皆
彼らが己の身を預ける武器を大切にするように、私は彼らを大切にしよう。彼らが私を守ってくれるからこそ、私は仕事を果たせるのだ。
最新で高性能な銃に身を預けるのは心許ない私だが、彼等にならばこの身の全てを預けられる。
実に恵まれているじゃないか、私はーー