ねこです 【ねこの日記念番外編】
ねこの日おめでとうございます。
折角なので、名作SCP-040-JPに敬意を表して、同じタイトルをこちらの世界観に落とし込んでみました。
長野県 大町市
あ゛ーーー、かったるい……陽射しがきつい……その上さっむい……
「博士! 早く行きましょうよ!」
「まってよー……ちょっと休憩しようよー……」
昨年うちの研究室にやって来た小笠原富江主任研究員、非常に優秀でいい子なのだが、私からするとアクティブに過ぎるように思う……
「何を言ってるんですか! 休日は有限なんですよ?」
「そんなに生き急いでないよぉ……」
事の始まりは昨年末、私が所有する上伊那の住宅が荒廃しきってとんでもないことになっているからどうにかしてくれと、自治体からお叱りの電話を頂いた事に始まる。
「というわけだから、土日はそっちに行ってるからよろしくね」
週末を利用しての大掃除だ。2日もあればどうとでもなるだろう。とりあえず側だけ整えれば充分だ。どうせそうそう帰らないんだし……
「あぁ、あの幽霊屋敷……」
「失敬だね……あれでも由緒あるお屋敷なんだよ?」
諏訪先生に反論する。
なにせ完成は明治6年だ。文化財登録されてもおかしくは無いんじゃ無かろうか?
「由緒ある……? あの継ぎ接ぎがですか?」
「2人とも酷くないかい?」
長い歴史を持つ美しい邸宅だが、諏訪先生と羽場主幹調査員の2人にはすこぶる評判が悪い。まあ、実物を見たことがあるから無理も無いか……
「博士ってお家あるんですね」
「小笠原ちゃんも大概だね……私が住所不定に見えると?」
「あぁっ! 違います違います! その、お休みでもずっと研究所にいるのでてっきりここに住んでるものかと……」
「あぁ……うん……まぁ……そのせいでクレーム来たんだけどね」
前に帰ったのは確か2年前の年末だったか……あの時は北側の外壁が崩落していると連絡があって、その補修工事の打ち合わせだったか……そういえば業者さんも余りの荒廃ぶりに顔が引き攣ってたっけなぁ……
「私も羽場さんも、四年ほど前にお邪魔したことがありますが……まあ控えめに言っても廃墟でしたね」
「室内なのに土の匂いがしましたしね……」
「しょうがないでしょ、床板朽ちてるんだから!」
「廃墟ですな」
「うぐっ……反論できない……」
これで降水量の多い地域だったら今頃完全に崩壊していただろうなぁ……
「とにかく、ほら! お仕事お仕事!」
「あ……あの! 博士!」
「ん? どしたの小笠原ちゃん」
「週末のお掃除、私も手伝いに行ってもいいですか?」
「やめときなって……わざわざ休日に上司の家の掃除手伝うなんて勿体ない……」
今時休日返上で上司に奉仕なんてブラック企業ですらやらないだろう。
「そんなに暇なら松本あたりで遊んできなよ、まだ若いんだから」
「いやいや、遊ぶにしたって県内じゃたかが知れてますよ!それならちょっと遠出して冒険気分味わいたいんですよ!」
ははーん、あれだな?廃墟探索気分だな?そういうことならお言葉に甘えるのも悪くないか……人手はいくらあってもいいし
「うん、じゃあ一緒に行こっか」
「はいっ!」
そういうわけで週末……
小笠原ちゃんが車を出してくれるというので信濃大町の駅前で待っているのだが……うーん、あれだよなぁ……いやしかしあの小笠原ちゃんがあんな車に乗るだろうか?しかし具は小笠原ちゃんなんだよなぁ……
見るからにコッテコテの走り屋仕様の車が一台……あれは、ランエボかな? 三菱マークのセダンだし……
うわぁ、後部座席無いしなんか赤い鉄骨みたいなのが入ってるし、後ろにはでっかい羽がついてるし、そもそもアイドリングですら大分うるさい。
うん、あれは違う! いやぁ、小笠原ちゃんまだかなぁ! そろそろ来ても……
「博士! こっちですよー! ここでーす」
ほーりーしっと! 見つかった……
「あ……あははぁ、き……来てたんだ……」
「ささ、乗って下さい!」
「お……おうっ!」
なんか椅子も本格的だし……
「助手席はセミバケなんで」
「は……なんて?」
蝉のお化けがどうしたというのだろう
「あ……すいません、シート横のダイヤル回すとリクライニング調節できます」
「おおっ! 本当だ」
「それじゃ、出ましょうか」
出た、革手袋!これで指あきだったら完璧だったな
「くれぐれも、安全運転でお願いね?」
「分かってますよ、しっかり掴まってて下さいね!」
安全運転でしっかり掴まる必要があるのかどうかはよく分からないが、とにかく不安な旅が始まってしまった……
が、意外と快適に目的地に到着した。
非常にソフトな運転で、MT車なのにギアチェンジしたことに気が付かない程だ。ギアチェンジの度に鞭打ちになりそうな私とはえらい違いである。
「小笠原ちゃん……運転上手だね」
「へへっ、ありがとうございます」
こんなはにかんだ笑顔を見せてくれる娘さんが、こんなコテコテの車に乗っているなんて、時代は変わったものだ。
「私は掃除始めるけど、小笠原ちゃんはちょっと休んでて」
「え? いいですよ! 私もやります!」
「駄目だよ! ここまで運転してくれたんだから!」
自動車の運転は高い集中力が必要なため、適度に休息を取らなくては駄目だ。疲れを感じていなかったとしても、確実に疲労は蓄積している。
と、免許の更新のときに貰った交通安全協会の冊子に書いてあった。
「それに、まずは道具の準備だから私一人で十分!」
「それなら、お言葉に甘えて」
「うん、存分に甘えてちょうだい」
さて、それにしても酷い有様である。
外壁には落書き、鍵は破壊されてドアも取れかかっている。
そして尋常じゃ無い量の不法投棄……自治体の人が怒ってたのは十中八九これが原因だろう。
はぁ、余計な出費だが仕方ない。警察に届け出るのも億劫だしな……
機構お抱えの産廃業者に連絡して引き取って貰うことにしよう。
「箒……ぐらいかなぁ……」
正直敷地に入った瞬間に私の心は折れている。もう帰りたい……あったかい研究室でごろごろしたい……
「博士! 大変です!」
箒2本を持って外に出ようとすると、小笠原ちゃんが凄い剣幕で駆け込んできた。
「うひぃっ! なに……?」
「こ……ここ……出るみたいです!」
「はぁ?」
「ほんで、なんかいたって事?」
「はいっ!」
どうやら掃除の下見中に何かに出くわしたのだという。
「まあ、いてもおかしくないよなぁ……鼠、鼬、野犬、猪、鹿、熊……役場に連絡する?」
熊だったらまずいだろうしね
「いやいやいやいや! そういうのじゃ無いです! 幽霊ですよあれは! ゆ・う・れ・い!」
「はぁ……小笠原ちゃん君ね……仮にも機構の主任研究員がそんなこと言うもんじゃ無いよ?」
「え?」
「馬鹿だと思われちゃうよ?」
そもそも超常を仕事にしているのだ。そんな正体不明の人型存在くらいで大騒ぎしないでほしい。
「んなっ! 信じて無いんですか?!」
「そもそも幽霊ったってここに曰くなんて無いよ」
「でも事案がいるかも……」
「そんなの私が見逃すと思う? 数年に一度は来てるんだよ? 事案が居ようものならとっくに収容してるって」
「ほんとですかぁ?」
「ほんとだって! 賭けてもいいよ」
職業病か、廃墟探索という日常から解き放たれた環境の見せたものか……どちらにせよあり得ない話だ。
と、思っていたのだが……出るわ出るわ……
ポルターガイスト、ラップ音、人魂……いやぁ豪華だね
「博士ぇ……やっぱりここ呪われてますよ!」
「この家に曰くなど無い」
「でもぉ……」
「断じて! 曰くなど! 無い!」
「余計怖いんですけどっ!!」
あー、面白い。しかし一連のこれは事案的事象であることは確かだ。
「そういえば、小笠原ちゃんってうちに来る前は中部研だったよね?誰の研究室だった?」
「え? 大瀬博士ですけど……」
あー、アーティファクトの専門家の……
「って事はこういうの初めて?」
「はい……」
なら仕方が無い。組織の分掌化が進んだ今となっては各地のハブ研究所であっても担当外事案への対応はほぼ無い。
「うちみたいな特定管理研究所は色んな分野の『事案』を扱うから、こういうのも早くなれなきゃね」
ポルターガイスト現象みたいなものを引き起こす原因は実はそう多くは無い。そして影響範囲、方向性から推測して……
私は部屋の端に置かれた家財道具に頭を突っ込む。
「博士?!」
「大丈夫、だいじょ……いでっ! いでででっ!!」
「ちょ……え、その……えぇ……」
「よし! 捕まえた」
「へ……それは?」
「ねこです!」
「ポルターガイスト現象の大部分はPSI能力者の赤ちゃんなんだけどね」
捕まえたねこを持ってきていたはたきでじゃらしながら解説する。今風に言えばOJTってやつ? 休日だけど
「ごく稀にPSI能力を持った動物の場合もあんのよ」
年齢は……おそらく一歳にも満たないだろう。さっきゴミ山の中に見たことの無いケージがあったので捨て猫だろうか?
「ESPの小笠原ちゃんなら知ってると思うけど、PSIの能力は4段階で覚醒するよね?」
「発現、行使、認知、操作……ですよね?」
発現はその名の通り精神エネルギー使用能力の発現、行使は無自覚の能力行使、認知は自覚的能力行使、操作は随意的能力行使だ。
「そのとおり! 普通動物は発現の段階までしかいかない。なんでかって言うと訓練と学習が出来ないから……だけどごく稀に感覚的にステップを進められる個体もいる。この子みたいにね」
撫でてやると気持ちよさそうに喉を鳴らした。よく人に馴れている。
「それじゃあさっきのは……」
「そ、この子のPK……多分天敵が来たと思って威嚇したんだろうね……あの感じから見るところ、多分『操作』まで進んでるね。本当に珍しいよ」
天賦の精神エネルギー量と鋭敏な感覚……人間だったら大物になったろう。
「それで……この子はどうなるんですか?」
「支部に引き渡すよ?そのまま放置するには危険過ぎるしね」
「そんな……でも……」
泣きそうな顔の小笠原ちゃん……
「酷いですよ……」
なんか誤解されている気がする。
「えっと……別に解剖とかはしないよ?」
「へ? 機構なのに?」
「君は機構をなんだと思ってるの……?」
非人道的と評される実験は多いが、あくまでそれは結果であり、殆どの場合娯楽目的で行っているわけでは無い。
殆どの場合は
「特にこの子ほどの能力は珍しいからね、手に負えない程成長するまでは支部Pファイル行きじゃ無いかな?」
「良かったぁ……」
P(Paranormal)ファイルとは事案として管理収容する必要が無い程度の事物の総称だ。PSIに関しては支部の機材でも800Gpi/㎡までなら収容しておける。この子に関しては余裕で収めておけるだろう。
「そういえば、賭けをしてたね」
「賭け……ですか?」
「ほら、事案なんていない。賭けても良い! って」
「ああ、言ってましたね……別にいいですよ?」
「いやいや、そういうのはちゃんとやんないと!そうだなぁ……この子の呼称の命名権でどう?」
「え……? いいんですか?」
基本的に『事案』やそれに類するものの呼称の命名権はその担当責任者にある。
「うん、小笠原ちゃんの初心霊系記念って事で」
「えっと……うーん……あっ! そうだ! こんなのはどうでしょうか?」
ということで、小笠原ちゃんに命名された子猫ちゃんは松本市の長野支部に収容される事になったわけだ。めでたしめでたし……
で、終わってくれればこのクソ寒い2月に私が外に引きずり出される事も無かったのだが……
支部調査員からうちに配属になった原調査員が、長野支部にアイドルネコがいると話してしまったせいで、小笠原ちゃんが会いに行きたいと言いだして今に至るというわけだ。
で、長野支部地下の対PSI収容施設に来てみて、なるほどこれはアイドルネコだと納得した。
支部の黄以上のスタッフのおっさん達がデレデレしながら眺めている。余りの人気に触れ合いは抽選になっているというのだから恐ろしい。
「あなたが小笠原主任ですか?」
「え、ええ……」
「あの子をうちに連れて来て下さって本当にありがとうございます!」
「いえ、博士のお陰です!」
「何言ってんの! あの子の調査責任者は小笠原ちゃんだよ!」
「しかし……あの名前には一体どの様な意味が?」
うん、まあそうなるよね……普通ねこにあんな名前を付けるだろうか? いや、まあわかりやすいけども……
「最初あの子を見つけたとき、なんかやばい『事案』かと思って本当に怖かったんです。でも、蓋を開けてみればあんなにかわいい子猫だったんです。だからその時にこう言ってくれればって思いを込めました」
あれだけびびってたもんなぁ……まあ命名権は小笠原ちゃんのものだ。とやかくは言うまい。
長野P・A-0040『ねこです』
甲信研究所 主任研究員 小笠原富江
今後もちょっとした短編は『千人塚博士の日常』で投稿していきます。