9:キャベツ王子の魔法
井戸水を使っていないと言われても、近くには川も流れていないし、どうやって水を撒いているのだろう。
疑問に思う私に、カークは両手を重ねて差し出してきた。
「いつもこうやってるんだ」
カークの手のひらから水が球体になって現れ、ふわふわと宙に浮かぶ。唖然として見上げた私の目の前で、球体は畑の上までゆっくり飛んでいくと、パチンと弾けて周囲にサァと小雨のように水を降らせた。
「これは……水の魔法?」
各国には、それぞれの国土を守護している神がいると言われている。ここハーウィル王国だと、豊穣の女神ルギアリアが守護神だ。女神ルギアリアの加護を受け、国を守る力を使える存在が聖女と呼ばれる。
そしてこの聖女と同じような存在が各国にもそれぞれいるけれど、その国の守護神によって使える力は様々だ。出現割合もそれぞれ違うから呼び名も国ごとに違っている。
かなり大きな力を扱い、一人ずつしか現れないような稀な存在は聖女や聖人、神子などと呼ばれていて。
それなりの力を使える人間が常に複数人生まれてくる国では、加護の力を魔法と呼び、それを行使する人々を魔法師と呼んでいた。
何もない所から水を生み出せるなんて、水の魔法だとしか思えない。水の魔法を使えるのは、水の神アキュルベータが守護する隣国キャメリオット王国の魔法師だ。
つまりカークは、隣国からやって来た魔法師なのだろう。
「そう、水の、魔法だよ」
「おい、カーク!」
ぐらりと体を傾けたカークの肩を、ダンが慌てて支えた。
「ったく、無茶するからだ」
「大丈夫、ちょっとフラついただけだよ。ありがとう」
「可愛い子がいるからって、カッコつけようとするなよ」
「そういうわけじゃないよ。見せた方が早いと思っただけだから」
カークは笑っているけれど、ダンに支えられて腰を下ろしたカークの顔色はどう見ても悪い。
魔法は、守護神の加護があるからこそ使えるものだ。私は他国に出た事がないから実際どうなのかわからないけれど、もしかしたらよその国で魔法を使うのは、カークにとって大きな負担になってるのかもしれない。
「カーク。あなたはこれを毎日やってるんですか?」
「うん、まあね。井戸水も減ってるみたいで、ダンも困ってたから」
「どうしてそこまで……。ここはハーウィルなのに」
「オレがキャメリオットの人間だって気づいたんだね」
感心したようなカークの一言に、私は思わず身を強張らせた。
魔法師の存在って一般的じゃなかったかしら? 聖女として得た知識の守秘義務には当たらないはずだけれど、怪しく思われても困ってしまう。少し誤魔化しておいた方がいいかもしれない。
「私は王都から来たので。水の魔法の話を聞いたことがあったんです」
「王都? 王都でもキャベツを育ててる所があるんだね」
「ええ、まあ」
これはもしかして、墓穴を掘ってしまったかも……。不安を感じつつも動揺を顔に出さないように頑張っていると、カークは私から目を逸らし、キャベツ畑を見つめた。
「オレがこの村に来たのは、キャベツを食べたかったからなんだよね」
「キャベツのために来たんですか? わざわざ隣の国に?」
「うん。キャメリオットにもあるにはあるんだけど、ここのキャベツが一番美味しかったから。そしたら、水不足で困ってるみたいだったからさ。手伝おうと思ったんだよ。……これじゃ魔法を使う理由にならない?」
どうやらカークは、私が魔法師の存在を知ってる事を疑問には思わなかったみたい。むしろ魔法師が国を出るなんて珍しいから、自分の方が疑われていると思ったみたいだ。
縋るような目で見つめてくるから、私は笑ってしまった。
「いいえ。優しいんですね、カークは」
「分かってくれてありがとう」
「こいつの場合は、優しいというより食い気があるだけだと思うがな」
呆れたようなダンの言葉に、カークは笑った。話をしている間に、少し顔色も良くなってきたように見える。
「あ、もちろん密入国じゃないから安心してね」
「別に疑ってませんよ」
「それなら良かった。それで、原因は分かりそう? これでもまだ水が足りないってことなのかな」
カークは本当にキャベツが好きなのね。こんな風になっても、キャベツのためならいくらでも水魔法を使いそうだ。
これは私も真面目に考えないと。
改めて畑の土を見てみれば、カークが水を撒いたばかりだから今は問題ないように見えるけれど、先程までは乾き過ぎていたと思う。
確かに足りないといえばそうだけれど、一番の問題はそこではないはずだ。私の知識が正しければ、だけれど。
「そうですね。水不足なのはそうだと思います。ただ、カークが魔法を使う必要はないと思います」
「どうして?」
正直言って、これを伝えるのは心苦しい。でもこれもカークのためだから、しっかり言わないと。
私は意を決して、カークとダンを見つめた。
「むしろカークの水を使ってるから、育ちが悪くなってるはずですから」