8:不作の原因探し
宿に戻り併設されている食堂で昼食を頼むと、付け合わせにサラダが出てきた。サラダにはキャベツも入っていたけれど、採り立てのはずなのに食感も味もイマイチだ。
振り返ってみれば、昨日の夕食や今日の朝食にもキャベツはあったけれど、スープや酢漬けになっていたから違和感を感じなかったのだと思う。
国境に近いこの小さな村に宿が数軒もあるのは、山向こうに広がる隣国、キャメリオット王国へ向かう旅人が通るからだ。
逆を言えば、キャメリオット王国からハーウィル王国への旅人も訪れるわけで、こうして料理にキャベツを使用するのは、この村の名産品がキャベツだと広く示している事にもなる。
本来なら旅人たちに胸を張って出すキャベツがこれでは、きっと村の人たちは困ってしまうだろう。
棒占いでの私の旅は、どうしてか人助けの旅になっているみたいだし。この村で棒が倒れなかったのは、あのキャベツ畑をどうにかしてという事なのかもしれない。
……何から頼まれてるのかは、全くの謎だけれど。
そうだとしても、違ったとしても。どちらにせよ、さっきのキャベツの人と約束をしたわけだし、さっさと食べ終えて畑に戻った方がいいだろう。
シャキシャキ感とは程遠い、しなっとしたキャベツのサラダも食べ終えると、私は再び宿を出た。
キャベツ畑へ向かうと先ほどのキャベツの人が、畑の持ち主だろう体の大きな男性と共にキャベツを前にして何か話していた。
外見が正反対の二人が並んでいるのを見ると、キャベツの人はずいぶん綺麗な男の人だと改めて思う。あの人の周りだけ妙に輝いて見えるのは、日差しを浴びてるからだけではないはずだ。ちょっと細すぎる気はするけど、なんとなく気品もあるように見えるから。
あの感じだと、キャベツの人というよりキャベツの妖精……だと男性には失礼かな。キャベツの王子様の方が似合うかもしれない。
あの立ち方なんて、どことなくフェルシオン殿下と似ているような気もするし……って、そうじゃない。
元婚約者の事を思い出してしまうと、どうしたってオルカの顔も思い浮かんでしまう。私は慌てて頭を振り、大きく深呼吸した。
土が乾いているのか、土埃を軽く吸い込んでしまい咳が出る。するとキャベツの人改めキャベツ王子が振り向き、キラキラと笑みを浮かべた。
「君、来てくれたんだね! ありがとう!」
「あ、いえ……約束でしたから。それより、日陰にいなくて大丈夫なんですか?」
「とりあえず今のところは大丈夫。キャベツ食べてきたし」
「……そうですか」
キャベツ王子は微笑んで答えてくれたけれど、そこはお昼を食べてきたと言う所じゃないのかな?
思わず苦笑を浮かべていると、大柄な男性が歩み寄ってきた。
「俺がキャベツ農家のダンだ。お嬢さんがキャベツに詳しい娘さんかい?」
「はい。私はラクリスといいます。お力になれるかは分かりませんが」
「こんなのは初めてで、俺らには理由が全然分からないんだ。何かちょっとでも知ってることがあれば、何でも教えてくれ」
やはり畑の持ち主だったらしいダンと挨拶を交わすと、念のため木陰に移動して詳しい話を聞いた。
どうやらこの村ではキャベツ以外にも様々な野菜を育てているらしいけれど、ここ二、三週間は育ちが悪くなっているそうだ。
「例年と変わったことはありませんか? 暑すぎるとか、寒すぎるとか」
「気温はそんなに変わりねえな。ただそうだな……ここんとこ、晴れの日はずいぶん続いてるな」
「雨が降ってないんですか?」
「ああ。ここらはまあそんな時もあると思うが、山にも降らないのは初めてだな」
ダンは話しながら、隣国との国境になっている山並みを眺めた。作物を育てるのに水は不可欠だけれど……。
「水撒きはしていないんですか?」
「一応してはいるが、最近は井戸の水も減ってきていてな。まあそれも、カークが来てからだいぶ助かってるが」
「カーク?」
不思議に思って首を傾げると、ダンはキャベツ王子に目を向けた。
「こいつがカークだよ。カーク、お前名乗ってないのか?」
「あ、忘れてた」
キャベツ王子はカークという名前だったみたい。ダンに軽く睨まれたカークは、はっとした様子で苦笑いを浮かべた。
「オレはカーク。ラクリス、よろしくね」
「ええ、よろしくお願いします。あなたが水撒きを手伝ってるんですか?」
正直に言って、細身のカークが水撒きを手伝えるとは思えない。思わず疑うように見つめてしまうと、カークは楽しげに笑った。
「まあ、一応ね。でも井戸水は使ってないんだ」