62:続・元聖女と偽聖女
廊下から聞こえてくる足音に助けを求めたいけれど、指一本動かせない。それなのに、なぜか足は操られたかのようにオルカたちの元へ向かう。
そうしてザグレダの手で、体を押さえつけられるようにオルカの前に跪かせられた時、大きな音を立てて扉が開かれた。
「オルカ!」
「まあ、殿下。突然どうなさったんですの? 殿下といえど、祈りの間へ勝手に入られては困ります。それに、そちらの方々は? 部外者を引き入れるなんて、殿下は神殿をどうお考えなのかしら」
私からは見えないけれど、どうやらフェルシオン殿下が来たらしい。焦っているのだろう、私の肩を押さえつけているザグレダの手に、グッと力が篭る。
まさかここで殿下とお会いするなんて思わなかったから驚いてしまったけれど、殿下なら私を助けてくれるかもしれない。
希望を抱きつつ言葉を待っていると、カツリと一つ靴音が鳴ると同時に、意外な声が響いた。
「私たちを部外者だというのなら、ラクリスもここにいる理由はないだろう。ラクリスから手を離せ」
冷ややかなカークの声に、ドキリと鼓動が跳ねる。カークは今日、フェルシオン殿下とお会いするために城に向かったから、きっと殿下が連れて来たのだろうけれど、なぜそんな事になっているの?
混乱する私の前で、オルカは冷たい視線をカークがいるだろう私の背後に向けていた。
「あなたはこの子の知り合いかしら? でも残念ね。ラクリスは部外者ではないの」
オルカはフェルシオン殿下がいるだろう場所へ視線をずらすと、困ったように眉を下げ、頬に手を当てた。
「殿下、実はラクリスは神殿から秘匿物を盗み出しましたの」
「何? どういうことだ」
「神殿の機密に関わりますから詳しくは言えませんけれど、魔物が増えているのはこの子のせいなのですわ。わたくしたちが解決すべきことですから、王家の手出しは無用です。お引き取りくださいませ」
何て嘘を言うのだろう。私が盗みを犯したなんて、殿下はもちろんだけれど、何よりもカークに信じられたくない。けれど、「違う」と声を上げたいのに唇も喉も動かせない。悔しさに涙が滲んだ。
すると不意に、はははと笑い声が響いた。
「これは面白いな。盗人が無実のラクリスちゃんを盗人呼ばわりするとは」
「無礼者! 聖女様が嘘を仰るはずがないだろう! 侮辱するな!」
殿下がこの場に連れて来たのは、カークだけではなかったらしい。笑いながら言ったルーチェに、ラシュフォードが抗議の声を上げた。
すると笑い終えたルーチェの声が、一段下がった。
「ずいぶんいい神官服を着てるな。あんたはこの神殿のお偉いさんか?」
「いかにも。私は大神官のラシュフォードだ。無断で侵入した罰を受けたくなければ、即刻立ち去れ」
「へえ。神殿ってのは、偽物も神官にさせるのか?」
「何の話だ」
「ラクリスちゃんを捕まえてるあいつ、俺の弟子なんだよ」
ザグレダがルーチェの弟子? 信じたくはないけれど、動きを止められたり声を出せなくなったりと不可解な出来事が続いているし、先ほど呪いがどうのと話してもいた。ルーチェの言う事は本当なのかもしれない。
すると私を押さえつけるザグレダの手に、さらに力が篭った。
「何を言っているのか、意味が分からないな。大神官様、世迷い事に煩わされてはなりません」
「とぼけても無駄だ。お前にはまだ教えてなかったが、力が上の相手はその術を解けるんだぜ」
ルーチェが指を鳴らしたのだろう、パチリという音と共にザグレダの姿が変わった。壮年の男性だとばかり思っていたのに、現れたのは私と同い年ぐらいの男だった。
「なっ……ザグレダ、お前」
「まあ、恐ろしいわ。殿下、ザグレダは正真正銘の神官ですわ。そこの男が何かしたに違いありません。その者は何者ですの?」
「彼は闇魔法師ではあるが……」
動揺するラシュフォードと違い、オルカは淡々と殿下に語りかける。分かってはいたけれど、オルカはザグレダが闇魔法師だと知っていて利用していたのだ。
それなのにオルカは、ここまでされても涼しい顔をして堂々と嘘を吐き、悪事を隠そうとしている。ルーチェは人を陥れるような事をする人ではないけれど、殿下はそれを知らないはずだ。困惑している様子だし、もしかするとオルカを信じて、ルーチェを捕らえてしまうかもしれない。
こんな事を平然とやってのけるオルカが恐ろしくて、背筋が冷たくなる。
けれど幸いな事に、私が恐れていた事にはならなかった。
「王太子殿下、あの者の言うことを間に受けないで頂きたい。私が先ほど話したアーティファクトは、彼女の腕にあります」
「何? それは本当か?」
「知の神に誓って」
聞こえてきた声はアズラムのものだった。何の話なのかさっぱり分からないけれど、アズラムの言葉にオルカの瞳が僅かに揺らいだ。
「何を言ってますの? アーティファクトだなんて」
「私は知の神子の騎士、アズラム。キャメリオットの城より盗み出されたアーティファクトを探すため、神子様より特別な目をお借りしている。お前のその腕輪は、かつて知の神子が作りキャメリオットの国宝となっていたものだ。返してもらおう」
まさかそんな事があったなんて知らなかった。けれどアズラムが嘘を言うはずもないし、きっと本当の事なのだ。
堂々としたアズラムの言葉に、フェルシオン殿下も嘘はないと感じたのだろう。殿下の冷ややかな声が響いた。
「オルカ。その腕輪とラクリスをこちらへ」
殿下やカークたちがオルカへ向けているのだろう、複数の鋭い視線が背中に感じられる。
流石にここまでくれば、オルカだって引き下がるのではないかと思った。けれどオルカはまだ諦めないつもりのようで、不敵な笑みを浮かべた。
怪しい終わりですが、次回、本格的ザマァです。