6:辺境のキャベツ畑
誤字報告ありがとうございました!
十日かけて旅支度を終えた私は、父様たちに見送られて王都を旅立った。同行するのは、元兵士だったという初老の男性だ。王都警備隊を引退後に本店で用心棒として働いている方だそうで、人の好いおじさんだった。
用意してもらった馬車は小型だけれどしっかりした作りで、乗り心地は抜群。お天気にも恵まれて、前途洋々な旅立ちだった。
けれど……。
「お嬢様の棒占いは本当にすごいですね」
「まさか私も、こんな風になるとは思わなかったわ」
王都を旅立って一ヶ月あまり。分かれ道に差し掛かるたび、棒占いに従って行き先を決めてきたけれど、その先々で必ず出会いがあった。
とは言っても、昔と違ってそれは商売に繋がるような事ではない。
怪我をして動けなくなっている旅人や、荷車が壊れて立ち往生してしまったおじいさん。熱を出した幼い弟を隣町の治療院まで連れて行こうとする少年に、産気付いた妊婦さんなど、出会うのは何かしら困っている人で。どうしてか私の旅は、人助けの旅になっていた。
つい先ほども、道に迷った女性を近くの村まで送ってあげた所だった。
「やっぱりお嬢様がお優しいから、女神様が導いて下さってるんですかね?」
「まさか。偶然が重なってるだけよ」
「だとしても見捨てないんですから、お嬢様がお人好しなのは変わらないですよ」
「そうかしら?」
旅はのんびりしたものだけれど、色んな人との出会いがあるから全く退屈しない。そして何より、困っている人と出会ったとしても、それが飢饉や災害、魔獣被害のせいではないというのが嬉しい。
父様たちと行商していた頃は国中どこも疲弊していたけれど、そんな様子はどこにもなくて。色んな町や村で出会う人々の笑顔に、とても幸せな気分になれた。
「私みたいな小娘に出来ることなんて、たかが知れてるもの。それでも助けられるのは、平和だからこそよ」
「これも聖女様のおかげですね」
「……そうね」
私の功績だと公に認められる事はないけれど、この十年が無駄ではなかったのだと感じられる。王都を離れて日々を過ごすうち、少しずつ傷ついた心が癒されていく気がした。
「それにしてもずいぶん遠くまで来ましたね。ここらは国境に近いですよ。さてお嬢様、分かれ道です。どうしますか?」
「ちょっと待ってね」
私は馬車を降り、近くに落ちていた枝を拾って道の真ん中に立てる。そのまま力を抜いて手を離せば、枝はパタリと右に倒れた。
「向こうに決まりね」
「この先は村があるはずです。そこで泊まりますか?」
「そうね。そうしましょう」
行き当たりばったりの棒占いの旅で、ついに王国の西端となる辺境の村までやって来てしまった。
山裾にある村の宿屋は、小さなものが数軒あるだけだ。そこで一泊した翌朝、出発を前に私はいつも通り棒占いをしたのだけれど。
「お嬢様、こりゃあ……」
地面に突き刺したわけでもないのに、不思議な事に棒は立ったまま、どこにも倒れない。棒を立てる場所を変えてみても、やはり真っ直ぐ立ち続けるばかりだった。
正直、こんなのは初めての事で驚いたし、本当に何か不思議な力が働いているのかと考えてしまう。でも聖女の力ではないはずだし、一体なぜなのか……。
「考えても仕方ないわね」
「お嬢様?」
「ううん、こっちの話よ。この村に留まった方がいいみたい」
ここで理由を考えても、分かるわけがない。ただ、この謎の棒占いは良い事しか起こさないというのは分かる。だから私は、しばらくこの辺境の村で過ごす事を決めた。
「私はしばらくここにいるから、あなたは父様に手紙を届けてくれる?」
「俺がですか?」
「ええ。王都に手紙を出しても、ここからじゃ時間がかかって仕方ないわ。あなたが届けてくれた方が早いでしょう?」
「ですが……」
「旅はここで終わりだもの。馬車はもういらないし。あなたが返事を持って戻るまでは、のんびりこの村で過ごさせてもらうわ」
「分かりました」
手紙をしたためて馬車を見送ると、私は早速宿を出た。この村でしばらく過ごすと決めたのだから、まずはどんな村なのかを見て回らないと。もし空き家があったら、そこを借りて住むのもいいかもしれない。手紙の返事が届くまで、どんなに早くても一ヶ月はかかるだろうから。
そんなワクワクした気持ちで足を進めると、村のそばには大きな畑が広がっていた。
「広いわね。でもこれは……どうしたのかしら?」
聖女として城にいた時、私は神官たちから国内それぞれの地域の様子を教えられていた。聖女の力がどのように人々の生活を支えるかを知る事で、私のやる気に繋げようと考えられたからだ。
西の辺境であるこのあたりでは、確か葉物野菜の一種であるキャンベルトレムベッツ――通称キャベツの生産が盛んだったはず。
だからきっとここは、キャベツ畑で。夏の始まりとなる今の時期、本来なら青々としたキャベツが育っているはずだけれど、そこにあったのは、小ぶりで力無くしなびたキャベツたちだった。
「これはここだけ? まさかこの畑全部がこうなの?」
城の小さな畑で野菜を育てていた身としては、この有り様が気になって仕方ない。畑をもっとよく見ようと奥に分け入っていくと、ふらりと揺れる人影が遠目に見えた。