59:王太子とキャベツ王子(フェルシオン視点)
何度目のため息だろうか。次々に出てくる懸念事項に頭が痛い。今日は父の代わりにキャメリオットの王子と会談の予定があるというのに、届けられる報告書と陳情書に終わりが見えない。
「殿下、まだ第四王子が来られるまで時間があります。少し休まれては?」
「そうだな、頼む」
執務室には複数の補佐官と護衛がいるが、私が心置きなく休めるようにと、休憩時に彼らは隣室へ下がってくれる。
茶の用意を終えた補佐官たちを見送り、凝り固まった体を軽く解した。
机の上には、目を通すべき書類がまだまだ残っている。そのほとんどが、突然現れた魔物に関わるものだ。
これまでの国の在り方を否定する気はないが、これを機にハーウィルは変わるべきだろう。前々から思っていた事だが、この国は聖女一人に何もかもを背負わせ過ぎだ。
「ラクリスにも無理をさせ過ぎたな」
今はもう会えない、長年そばにいた少女の姿が脳裏に浮かぶ。元婚約者で元聖女のラクリス。彼女の存在があったから、私は聖女の扱いに疑問を持つ事が出来た。
聖女は生まれてすぐに保護するもので、ラクリスのように六歳になってから発見されたのは初めてだった。
赤子の頃から聖女として育てれば何の問題もない事柄も、家族から急に引き離されたラクリスにとっては辛い事だったろう。よく泣いていた幼い彼女を、妹のように感じて慰めたものだ。
それでもラクリスは、国のために懸命に尽くしてくれた。婚約も受け入れた彼女の強さや優しさは、私にとっても大切なものだった。私たちの間に恋心のようなものはなかったが、きっと互いに支え合う夫婦となれたはずだ。
だがその裏で、彼女は多くの悲しみを飲み込むしかなかった。そんな彼女の気持ちを思えば、聖女について疑問を抱くのは必然だったと思う。
だから彼女を妃として迎えたら改革に着手しようと、私は密かに準備を進めてきた。キャメリオットの王太子から、魔物対策について話を聞いたりもしたものだ。
しかしそれを、この短期間で作り上げるのはさすがに無理がある。討伐隊の編成や、それに伴う各方面への根回しなどやる事は山積みだ。
「オルカもラクリスのように、真摯に祈ってくれれば良かったのだが」
比べてはいけないと分かってはいるが、ラクリスがいた時はこのような事はなかったと、つい考えてしまう。魔物が現れるようになってからは、ようやくオルカも長時間祈りを捧げてくれるようになったが、かなり荒れているようだ。
だがオルカが嫌がる祈りを、ラクリスは平然と行っていた。そこだけを考えても、ラクリスがいかに身を捧げてくれたのかがよく分かる。
「殿下、第四王子が城へ到着したそうです。間もなく来られるかと」
「そうか」
冷えてしまった茶を飲み干し、意識を切り替える。どれだけ考えても、もうラクリスは聖女ではない。彼女は今頃、家族と穏やかに過ごしているはずだ。ラクリスの暮らすこの国を平和に保つのは私たちの役目なのだから、しっかりしなければ。
「ようこそ、ハーウィル王国へ。王太子のフェルシオンだ」
「初めまして。キャメリオット王国第四王子カークレイだ。お忙しい所、時間を割いて頂き感謝する」
「回復したとは聞いたが、体調はいかがかな。どうぞ座って楽にしてくれ。お連れの方も」
「では遠慮なく。貴国が受け入れてくれたおかげで、この通り回復することが出来た。改めて感謝申し上げる」
第四王子は、療養のため我が国に滞在していたはずだが、その姿を見るに元気そうだ。回復したというのは本当なのだろう。
「彼の地を選ばれたのは、万病に効く湯があったからだったな。役に立てたなら何よりだ。貴殿は水魔法師だときいているが、貴殿の目から見ても特別な湯だったのかな」
「そうだね。温泉もだが、キャベツにも助けられたよ。とても良い村だった。王太子も機会があれば、足を運ぶといい。あの村のキャベツもお勧めだ」
「温泉だけでなくキャベツもか。それほど気に入ってもらえたなら、嬉しいよ」
国は違うが、同じ王族として対等に言葉を交わす。私と同い年の第四王子は堂々としたもので、何を問いかけても如才なく応えた。
闇魔法師と知の国の騎士だという連れの二人の紹介も受け、弟子探しは自由にして構わないと許可を出す。はぐれの闇魔法師など危険極まりないが、残念ながら捜索を手伝えるほど余裕がないと伝えると、王国の現状は知っているから構わないと返された。
異国の者たちにまで気を遣わせるとは、情けないばかりだ。
「貴殿は、知人の家に滞在されてるのだったね。いつ頃帰国されるのかな。王宮でもてなせなかったのだ。無事に帰れるよう、護衛ぐらいは手配しよう」
「ご配慮は有難いが遠慮するよ。滞在しているのは婚約者の家でね。そちらで護衛も用意してくれているから心配は無用だ」
「婚約者? どこの家の者かな」
貴族の婚姻には王家の承認が必要だ。だがそんな話は一切聞いていない。不思議に思って問いかけると、第四王子は不敵な笑みを浮かべた。
「ご安心を。相手は貴族ではなく平民だよ」
「平民? なぜまた貴殿が、我が国の平民と」
「村で知り合ったのだが、彼女のキャベツ料理に惚れ込んでね。ああ、彼女は城で行儀見習いをしていたというから、王太子もご存知かな。商家の娘でラクリスというんだ」
思いがけない名前に息を飲む。ラクリスと第四王子が婚約だと⁉︎
「彼女はどうやら、婚約者を親友に取られたそうでね。傷心を癒すために、あの村へ来ていたそうなんだ」
「それは……災難だったね」
「平民の娘だから、私がもらっていっても構わないね? もちろん大切にするつもりだよ。彼女を正式に妃として迎えると、国に許しも得ているから」
どうやら間違いなく、第四王子の婚約者はあのラクリスのようだ。
ラクリスは素直で優しい娘だ。彼女が誓約を破り、元聖女だった事を明かしたとは思えないし、そもそもラクリスにはもう何の力もないから利用価値がない。
それなのに、ただの平民の娘を妃にするなど、生半可な想いでは成し遂げられない。第四王子は本気でラクリスを愛しているのだろう。
ラクリスにとって、何よりも幸せなのではないのだろうか。
「そう、か……。祝福するよ。お幸せに」
「ありがとう」
伝えた言葉は本心だ。第四王子はかなりしっかりした男のようだし、ラクリスをきっと大事にしてくれるだろう。
辺境へ旅に出るほど傷付けてしまった事を申し訳なく思うが、聖女の力を失った事はラクリスにとっては福音だったのかもしれない。
ほんの少しの切なさを感じるが、心を占めるのは温かいものだ。穏やかな心持ちで、第四王子を見送ろうと立ち上がる。
しかしそこで、不意に扉が叩かれた。
「お話中、申し訳ありません。第四王子殿下の弟子だという子どもが、伯爵家のご令嬢に連れられて来て……っおい!」
「師匠、大変です! ラクリス様が!」
突然駆け込んで来た少年の言葉に、第四王子が血相を変える。ラクリスに何かあったというのだろうか。
弟子だという少年から話を聞くと、私は第四王子たちを連れて即座に駆け出した。




