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56:両親とキャベツ王子

 王都へ辿り着いたのは、辺境の村を出てから二週間も経ってからだった。魔物の襲撃はあの後も断続的に続いたけれど、それだけでなく王都に近づくにつれて野盗まで出始めたから大変だった。

 とはいえ野盗の襲来は、カークとルーチェ、アズラムには予想の範囲内だったようだ。もしかすると他国では、魔物が出ると治安も悪化するのが常識なのかもしれない。

 予期していたからか、私たちが恐怖を感じるより前にルーチェが闇魔法であっという間に捕らえてくれたから、誰一人怪我する事なく無事に進む事が出来た。


 何でも闇魔法は精神や感覚器官に作用するものが多いらしく、魔物より人間に効きやすいそうだ。

 ルーチェはならず者たちを縄で縛り上げ、近場の町まで闇魔法で強制的に走らせて連れて行くという、拷問のような事をしていたけれど。側から見ればルーチェは妖艶な美女なわけで、男たちは悔しそうにしつつも見惚れつつ引きずられていったから、思わず苦笑してしまった。


 引き渡された警備兵たちも、ルーチェの姿に驚いたり頬を染めたりと忙しそうだったから、そこでようやくルーチェがタネを明かして。

 実は男だったと知って卒倒する者もいたから、相手は野盗だというのに、何となく気の毒に思ったりもした。ルーチェは大笑いして楽しんでいたけれどね。


 こんな風に色々あったけれど、とにかく無事に王都に来られて良かったと思う。

 そうしてホッとしつつ、久しぶりに見る王都を車窓から眺めていたのだけれど。


「へえ、これがハーウィルの王都か。なんていうか……みんな疲れてるみたいだね?」

「そうね。前は違ったのだけれど」


 滅多にない大雪で、長らく孤立していたからか。それとも、魔物の出現に怯えているのか。町行く人たちの表情には、どこか暗いものが漂っている。

 フェルシオン殿下が成人して、聖女のお披露目に婚約発表と慶事が続いたはずなのに、全くそうは見えなかった。


 ビルは迷いなく馬車を進ませ、やがて懐かしい我が家にたどり着く。小さな家は、一国の王子の滞在先には似つかわしくないものだけれど。森の小屋で過ごしていたカークには、全く関係ない様子だった。


「ここがラクリスが育った家? 可愛いね」

「ありがとう。こっちの正面の方は、元は店舗だったのよ。今は客室にしてあるから、カークたちの部屋もそこになると思うわ」

「そうか。楽しみだよ」

「あ、ルーチェとアズラムの部屋もすぐに用意させるわね」

「お手数おかけします」

「助かるぜ。ありがとな、ラクリスちゃん」


 ルーチェとアズラムは、元々宿屋に泊まるつもりでいたみたいだけれど、部屋数には余裕があったはずだから、うちに泊まればいいと話してあった。

 ここまでずっと女装だったルーチェも、さすがに私の両親にはきちんと会ってくれるつもりのようで、男の姿に戻っている。

 女装にすっかり慣れてしまったから何となく調子が狂うけれど、こっちが本当の姿なのだから早く慣れなければ。


 それにしても、カークの言葉にはドキリとしてしまった。何しろ私がこの家に住んでいたのは、数ヶ月に過ぎないのだ。

 聖女だった事を話さないままでいいのかな、とここに来て不安を感じる。それでも口外しないと約束しているのだから、伝える事は出来ないのだけれど。


「お嬢様。荷物は下ろしたので、俺は旦那様方を呼びに行ってきます」

「ええ、お願い」


 家族はみんな仕事に出ていたから、ビルが本店まで到着を知らせに走ってくれた。一足先に家へ入り、応接室でお茶を飲んで休んでいると、程なくして父様たちはやって来てくれた。


「カークレイ殿下、ご無沙汰しております。ようこそお越しくださいました」

「久しぶりだね。でもそんなに畏まらないで。今回は私の方がお願いしなくてはならないから」

「ありがとうございます。話は後ほどゆっくりお伺いいたしましょう。まずは旅の疲れをお取りください」

「うん、しばらく世話になるね」


 王子として振る舞うカークを見るのは初めてだけれど、とても素敵だった。そして王族らしい優雅な笑みを浮かべたカークに、父様は萎縮する事もなくて。二人が以前会っていたというのは本当なのだと感じられた。

 そして父様だけでなく母様と、もちろん兄様も、カークを好意的に迎えてくれたからホッと胸を撫で下ろす。

 クロムとルーチェ、アズラムの事も紹介して、それぞれの部屋へ案内した後。私も自室で荷解きをしていると、父様たちが顔を出した。


「ラクリス、おかえり」

「ただいま、父様。母様、兄様も」

「元気そうで良かったわ。それにしても本当に殿下を連れてきたのね。ビックリしたわ」

「僕が言っても、二人ともなかなか信じてくれなかったんだよ。ラクリスの手紙でようやく信じたんだ。酷いだろう?」


 兄様は肩をすくめたけれど、信じられなくて当然だと思う。隣国の王子と辺境の村で知り合うなんて、私だって想像していなかったから。


「殿下からは後で話を聞くが、ラクリスは本気なのか? もし何か理由があるなら、うまく断ってやるが」

「ありがとう、父様。でも本当に手紙に書いた通りなの。私、カークと一緒にいたい。好きになっちゃったのよ」

「あなた。ラクリスがこんなに笑えるようになったんだもの。殿下といて幸せなのよ」

「そうか……。お前たちがそう言うなら、全力で応援するよ」

「ありがとう、父様!」

「だが、まだ許したわけではないからな。殿下からしっかり話を伺ってからだ。もうお前に何一つ苦労をさせたくないんだ」

「……ありがとう。そうね、そこはもちろんお任せするわ」


 相手が王子だからと簡単に送り出すのではなく、家族みんな真剣に私の事を考えてくれている。それがとても嬉しくて、私は久しぶりに会った家族と心のまま抱き合った。

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