54:春先の旅立ち
ルーチェのおかげでカークの呪いは解けて、すっかり元気になった。本当に呪いが解けたのか見た目には分からなかったけれど、今度こそクロムの料理を食べられたのだ。
美味しいと笑ったカークを見てクロムが嬉し泣きをしたから、私までもらい泣きしてしまった。本当に良かったと思う。
そしてルーチェとアズラムは、今も客室に泊まっている。ルーチェは家出してしまった弟子を探していて、アズラムは弟子探しに協力しているそうで。カークから私の棒占いの話を聞いた二人に頼まれて試しにやってみたら、棒はハーウィル王都の方角を指し示した。
本当に当たるかは分からないと伝えたけれど、他に手がかりもないから私たちと一緒に王都へ行きたいと二人は話して。王都への道は未だ雪で封鎖されているからとカークが了承し、ルーチェたちも共に雪解けを待つ事になったのだった。
穏やかな冬の日々は二人の客人が増えた事で賑やかになり、楽しく過ぎていく。そうして冷たい風に春の柔らかさが混ざり出した頃。ようやく開通した道を通って、王都からビルがやって来た。
手紙を受け取った両親の指示で、私がこの村に来た時と同じ馬車で迎えにきてくれたのだった。
「旦那様も奥様もお喜びでしたよ。お嬢様が殿下をお連れするのを心待ちにしています」
「そうなのね。安心したわ」
「ですが本当にいつもの馬車で良かったんですか? 旦那様は、せめて護衛を増やした方が良かったのではと悩んでいましたが」
「いいのよ。カークはお忍びで来てるのだから。仰々しくしたらかえって問題になるもの。そうよね、カーク?」
「うん、これで充分だよ。それに護衛より役立つ同行者がいるからね」
カークが向けた視線の先には、ルーチェとアズラムがいる。ルーチェはなぜかまた女性の姿になっていて、二人の存在に気付いたビルの頬が赤く染まった。
「そちらの方々もご一緒に行かれるので?」
「ああ。闇魔法師のルーチェと護衛のアズラムだ。二人とも男だから、勘違いしないでくれ」
「は……男?」
「おい、カーク! そう簡単にバラすなって言ってんだろが!」
ルーチェが挨拶し始める前にカークが先手を打つ。男らしくルーチェが切り返した事で、唖然としていたビルが困惑した目を私に向けた。
「お嬢様、あの人は本当に男なんですか?」
「ええ。ルーチェは闇魔法で姿を変えているの。でも好きなのは女の人らしいわ。ビルは対象外だけど、揶揄おうとしたみたい。ごめんなさいね」
「性別まで変えちまうんですか……闇魔法師ってのは恐ろしいものなんですね。護衛より役に立つっていうのも納得だ」
どうやらビルは、鍛えているのが目に見えて分かるアズラムはいいとして、ルーチェは大丈夫なのかと気になってもいたようだ。
怖がる部分を間違えているような気がしないでもないけれど、闇魔法師の腕を認めてくれたのだから充分だと思う事にした。
冬の間お世話になったこの家とも、これでお別れだ。数日かけて旅の支度を進めながら、隅々まで掃除をしていく。
私たちが発った後、この家は村に譲られる事になる。村のみんなへのお礼だと、カークが家具付きで村長に渡すのだ。村長は温泉付きの宿として、村ぐるみで経営していくつもりだそうだ。
準備を終え、いよいよ王都へ旅立つという日。村長の家に鍵を渡しに立ち寄ると、ダンを始めとした村のみんなや隣町の医師まで集まってくれていた。
「みんな、色々よくしてくれてありがとう」
「カーク様がお元気になられて何よりです」
「本当に行っちまうんだな」
「うん。先生の許可も出たからね。先生とダンには感謝してもしきれないよ」
「いえ、私は何も」
「先生は謙遜し過ぎだよ。少しぐらい恩着せがましくしたっていいと思うぜ。しかし、キャベツと温泉の人気が上がっちまうな。いつかまた来いよ。その時は夫婦か?」
「そうだね。またラクリスと遊びに来るよ」
キャベツしか食べられなかったカークを、村のみんなは気にしてくれていた。しばらく見ないうちに元気になったと喜び、村を出る事を知ると惜しみつつも見送ってくれる。
私とカークの事まで祝福してくれたから、嬉しいやら気恥ずかしいやら。でもきっとまたここへ来たいなと思う。
「それじゃ行きますよ、お嬢様」
「ええ、お願い」
「みんな、またね」
ビルが手綱を握る馬車に乗り込み、村のみんなへ手を振る。馬車の中には私とカーク、クロムが座っている。
アズラムはいつもクロムが乗っていた馬に跨がり、ルーチェは女装のままビルと御者台に座っている。二人とも本気で護衛役を担ってくれるつもりのようだ。
雪がだいぶ解けた道を、軽快に馬車は走る。雪が異常に降ったりしたけれど、ここ数年王国内は平和だったからルーチェとアズラムが本気で警戒する必要はないと思っていた。
けれど王都へ向かう道すがら、二人には何度もお世話になる事になった。