51:続・キャベツ王子の密談(カーク視点)
賊に奪われたアーティファクトは、キャメリオットの国宝だった。
今から二百年ほど前、キャメリオット王家に加護持ちの王子が生まれたが、王子の持つ加護の力は過去例を見ない強大なもので、生まれたばかりの王子はその力を暴発させ、大水害を国にもたらした。
困り果てた時の王は知の神子に助力を請い、アーティファクトを手に入れた。知の神子の力で作られたそれは、王子の加護の一部を切り離し取り込む事で、王子が成人し加護の力を扱えるようになるまで国を守った。
使い様によっては危険な品なため、本来なら必要なくなった時点で知の神子に返却すべきものだったが、またいつかその王子のような加護持ちが現れた時のためにと王家に貸し出されたままだったと聞いている。
そうして国宝となったアーティファクトを、一年前に盗み出されてしまったのだ。
一年前、水魔法師として城の警備も担っていたオレは、騎士たちと共に忍び込んだ賊を追い詰めたのだが、あと少しという所で呪いをかけられ、賊を取り逃してしまった。
知の神子は世界中の出来事全てを見通す目を持っていると聞くから、貴重なアーティファクトが城から消えた事に気付き、アズラムを遣わしたのだろう。
「アズラムが物見の力を持って旅に出たのは、アーティファクトを見つけ出し確保するため。ルーチェが同行したのは、その賊に闇魔法師が関わっているから。違うかな」
「……そこまで分かってるんなら、話すべきだな。アズラムもいいか?」
「ああ、構わない」
ルーチェとアズラムは覚悟を決めた様子で、旅の理由を話し出した。
「カークの考えた通り、俺はお前に呪いをかけた闇魔法師を追ってる。恥ずかしい話だが、そいつは俺の弟子でな。二年前、誓約を破り逃げ出したんだ」
加護の力には様々なものがあるが、中でも闇魔法の危険性は極めて高い。そのため闇魔法師は、力を悪用しないと誓約するそうだ。
その誓いを破った者は、師や兄弟弟子の手で処断する事になっているため、ルーチェは逃げ出した弟子を追い続けていたらしい。
「しばらくは後を追えたが、途中から行方が全く分からなくなってな。知の神子なら助言をくれると思って訪ねたら、アズラムを付けられた」
神子からは、アズラムと共に海を渡るよう言われたそうだ。こちらの大陸へ渡った後、数カ国を巡りキャメリオットへやって来たらしい。
「呪いのアイテムは闇取引に流れることもあるから、お前に会うまで馬鹿弟子のものかは分からなかったが。お前とラクリスちゃんにかけられた呪いは、間違いなくあいつのものだ。弟子の不始末が情けなくて言い出せなかったんだが、黙ってて悪かった」
「いいよ。気持ちは分かるから。顔を上げてくれ」
ルーチェには許すと伝えたが、その表情は晴れない。それを宥めるように、アズラムが静かに声を挟んだ。
「ルーチェが話さなかったのは、私のためでもあります。失礼を承知で申し上げますが、神子様はキャメリオット王家がアーティファクトを故意に隠した可能性も考えておりましたので」
世界を見通すといっても、知の神子の目も万能ではないらしい。キャメリオットの城からアーティファクトが持ち出された事は気付けたし、そこでオレが呪われた事も分かったそうだが、犯人と裏で繋がっているのではと疑われたようだ。
だがそれをこうして話してくれたという事は、その疑いも晴れたという事なのだろう。
「オレは療養のため国を離れたが、犯人の調べは続けられているはずだ。それは聞けたのか?」
「はい。教えて頂きました。ですがほとんど進展はなかったようで、八方塞がりだと」
「そうだろうね。相手はかなりの手練れだったから」
オレが呪われた時、あの場に闇魔法師はいなかったはずだ。呪いのアイテムは毒煙のような形状で、それを使ってきたのは暗殺などを生業にしていただろう裏稼業の玄人だった。
厳しい警備を掻い潜って宝物庫に侵入する腕を持ち、暗器まで扱っていた相手だ。足取りを辿れるようなものは残していないだろう。
「それを聞きに来たということは、知の神子は犯人の居場所までは分からないのかな」
「神子様がどこまでご存知かは、私には分かりかねます。ただ私が教えられたのは、この大陸にあるということだけです。そこから先は神の導きがあるだろうとも」
「神の導き、か」
ふと脳裏にラクリスが棒を倒す姿が過った。あれこそまさに、神の導きといえるものだと思う。
この二人になら、オレの考えを話してもいいかもしれない。
「アーティファクトの在処も犯人の居場所も目星は付くよ」
「本当ですか?」
「うん。たぶんハーウィル王都にあるはずだ。そして恐らくこれには、ラクリスも関わっている」