50:キャベツ王子の密談(カーク視点)
ラクリスもクロムも寝入っただろう深夜。コンコンと控えめに扉が叩かれる。
来たか、と思いつつ扉を開ければ、ルーチェが「来ちゃった!」と片目を瞑り、アズラムが「夜分遅くにすみません」と目を伏せた。
それにしても……。
「なぜまた女の姿に」
「夜這いに来たんだもの、いいでしょー?」
「帰れ。アズラムは入って」
「失礼します」
「ちょっと酷いわよぉ! 男の方が趣味だっていうの⁉︎」
「喚くな、迷惑だ。入っていいから静かにしてくれ」
ルーチェの女装癖に飽き飽きしながらも、二人を部屋へ通す。恐縮した様子でソファに座ったアズラムにはもっと気楽にしてほしいが、わざとらしく足を組んで堂々と座るルーチェにはもっと遠慮してほしいところだ。
とはいえ彼のおかげで呪いから解放されると思えば無下にも出来ない。面倒で仕方ないが。
「ルーチェ。言い寄る相手はいないんだから、男に戻ってくれないか」
「嫌よ。男三人じゃむさ苦しいから、華を添えてやってるの。むしろ感謝してほしいわ」
「無理だな。気持ち悪い」
「ひどっ! アズラムも言ってやってよ!」
「私も気持ち悪いと思ってるぞ」
「二人して酷いわ……。あたしだって、こういうイイオンナがいてくれれば自分で慰める必要もないのに」
どうやらルーチェは、警戒心を与えずに女性に近付くためだけでなく、自分好みの女性を見るために女装しているらしい。ルーチェの女好きは筋金入りだと、ため息が溢れる。
するとルーチェは、ムッとした様子で胸元に手を差し入れ、手紙をちらりと覗かせた。
「そういう態度を取るなら、これ渡さないけど?」
「何てところから出すんだ。幻覚だと分かっていても気持ち悪い」
「じゃあラクリスちゃんの姿になってあげましょうか?」
「やめてくれ。偽物だと分かっていても、違う意味で受け取れなくなる」
「可愛いわねぇ。本気で惚れてるのね。まあいいわ、許してあげる」
クスクスと笑いながら、ルーチェは姿を男に戻して手紙を差し出してきた。
封蝋を見れば、案の定父からの手紙だった。二人がこちらへ来るから、返事を託していたのだろう。
「国王陛下、喜んでたぜ。カークを助けた娘なら、どんな身分でも大歓迎だってよ。王妃殿下なんか、実家に養子入りの打診までしようとしてた。そこまでしなくても貴族たちに認めさせると、国王陛下や王太子殿下が止めてたが。良かったな」
「うん、手間をかけたね。届けてくれてありがとう」
中身は後でゆっくり読むが、どうやら家族みんなラクリスを好意的に受け入れてくれたようだ。貴族の中には身分差を理由に反対する者もいるだろうが、父たちが抑えてくれるというなら問題にはならないだろう。
万が一上手くいかなかったとしても、オレが市井に下ればいいだけだ。何があろうが、ラクリスを手放す事だけはあり得ない。
「それにしても本当に可愛いな、ラクリスちゃん。髪の色なんてキャベツ色だし、確かにキャベツの天使って感じだ」
「オレはそういう意味で言ったわけじゃないが」
「分かってるって。キャベツ畑に舞い降りた天使って意味だろ? でもあの子、本当は何者なんだ?」
「どういう意味だ?」
「俺がそれを聞きに来るって分かってたんだろ? 薬は二人分渡したんだから。あの子もお前と同じ呪いを持ってたぞ」
「……やはりそうか」
唐突に突き付けられた本題に、思わず顔をしかめる。ラクリスも加護を封じる呪いを受けていたなら、それを彼女が自力で押し退けられた理由も含めて、指し示す真実は一つしかない。
するとアズラムが、困惑した様子で眉根を寄せた。
「ラクリス嬢にも呪いが? 彼女も加護持ちということか?」
「何の加護持ちか、俺には分からないがな」
「アズラムの目には、何も見えないのか?」
「はい。私が預かった力は、あくまで物体に宿る加護を見るものです。生き物に対しては分からないので」
「そうか」
ルーチェもアズラムも、ラクリスがハーウィルの聖女であるとは考えていないようだ。国にたった一人しかいない聖女が、こんな辺境の村にいるなんて思わないだろうから当然だろう。
だからこそ、ほぼ間違いないだろうが、ラクリスに確かめたわけでもないオレの予想を二人に話していいか迷う所だ。
「ラクリスについて話す前に聞きたいんだが。君たちはなぜここへ来た?」
「なぜって、お前の呪いを解くために来てやったんだよ」
「それだけじゃないだろう? 知の神子に下った神託に、ルーチェも関わっているんじゃないのか。だから二人でキャメリオットに来た。違うか?」
オレの問いに、ルーチェとアズラムは顔を見合わせる。オレに話すべきか迷っているみたいだな。
「ルーチェ。オレが呪いを受けた理由は聞いたか?」
「いや、聞いていないが」
「一年前、城に侵入した賊にやられたんだ。賊の狙いは、かつて知の神子が作ったアーティファクトで、オレは奪われるのを防げなかった。君たちは、それを追ってきたんじゃないのか」
ルーチェが顔をしかめ、アズラムの目が鋭さを増す。やはりそうだったかと、自然と口元が緩んだ。




