5:幸運の棒占い
棒占いは、誰でも一度はやってみた事があると思う。よくあるのは子どもの遊び。探検ごっこなどで右に行くか左に行くか迷った時に、その辺に落ちてる木の棒を立てて、どちらに倒れたかで進む道を決めたりするアレの事だ。
こんな真面目な話をしている時に棒占いだなんて、普通なら怒られても仕方ない事だと思うけれど、我が家の場合は事情が違う。なにせ家族は私の棒占いを「幸運の棒占い」と呼んでいるから。
まだ私が王都に来る前。家族みんなで行商の旅をしていた頃、何の気無しに私がやった棒占いの示す先には、いつも大きな商談が転がっていた。
もちろんそれをまとめて結果に繋げたのは両親で、私がやった事は遊びの一環でしかない。それでも父様たちは、私の棒占いのおかげで王都に店を出せたと考えていた。
「棒占いか……なるほどな。だがラクリス、聖女の力はなくなったんだろう? 棒占いの幸運も消えたんじゃないのか?」
思った通り父様は怒らずに、私の提案を真面目に考えてくれた。
聖女と言われてお城に連れて行かれた私だ。あの棒占いの幸運も、父様たちは聖女の力の一部だと思ってたみたい。でも……。
「ううん、あれは聖女の力じゃなかったみたいなの」
私ももちろんそう考えて、昔、大神官様に相談した事があった。でも大神官様はそんな話は聞いた事がないと仰っていたし、過去の聖女の文献を調べてもそんな事が出来たという記述はなかった。
だから聖女の力が消えた今でも、棒占いは出来ると私は父様たちに話す。
もっとも、本来なら聖女は生まれてすぐに神殿に保護されて大切に育てられる存在だから、これまでの聖女たちが棒占いをやって遊んでいたとは思えないけれど。
でも今ここで大事なのは、本当に棒占いの幸運が今もあるのかという事ではないから。私はこの十年で、強制的に覚えさせられた淑女の笑みで微笑んだ。
「だからね、父様。旅に出てもいいかどうか、棒占いで決めさせて?」
少し強引だったとは思うけれど、私の提案は受け入れられた。庭先に出て、旅に出る、出ないの二択を地面に書き、適当な棒を拾って倒す。
もちろん結果は、見事に旅に出るになった。いつもと違って、ちょっとだけそちらに倒れるように力を入れたのは内緒。
だって父様たちに迷惑をかけずに、私だけで旅に出たかったんだもの、許してね。
「仕方ないな。旅に出るのを許す」
「ありがとう、父様!」
「だが歩きというわけにもいかんだろう。護衛を兼ねた御者を手配するから、馬車で行きなさい。それから、行き先は必ず棒占いで決めること。定期的に手紙を送ることが条件だ」
「分かったわ。いつ頃なら出発してもいい?」
「そうすぐには無理だ。早くて十日後だな」
さすがに一人旅は許してもらえなかったけれど、馬車ならより多くの町を見て回れるだろう。父様の言い付けはむしろ嬉しい。
ワクワクしていると、母様と兄様が呆れたように笑った。
「ラクリスったら、本当にお転婆なままね。ようやく帰ってきたのに、そんなに旅に出たいなんて」
「まあでも元気そうだし、いいんじゃないかな。ラクリス、もし移住したい場所を見つけたら、それも手紙で教えて。僕たちも、もう王都にいなくてもいいんだ。どこでだって商売は出来るんだから」
「うん、ありがとう」
十年ぶりに帰宅したその日に、また家を離れる話をしてしまって申し訳ないけれど。正直に言えば遠目にお城を見るのも辛いから、ちょっとホッとしている。
旅に出て、これまで出来なかった事をたくさんやって。少しずつ前を向いていけたらいいなと思った。