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47:異国の客人

 冬も半ばを過ぎた頃。ようやくクロムが雪を自在に動かせるようになった。一度に扱える量は少ないけれど、カークによればなかなかの精度らしい。

 そして驚いた事に、カークもほぼ全快したそうだ。呪いが完治したのかは分からないけれど、以前とほぼ変わらない調子に戻ったと話して、二人は村までの道を作りに行った。


「帰ってきたらお祝いね。さて、始めましょうか」


 今夜はカークの快気祝いをする予定だ。二人が出かけている間に、私はご馳走の準備を進める。

 今やカークは何でも食べられるけれど、未だにキャベツを主食にしている。一時期はうんざりしていたキャベツが、今では大好物になったそうだ。


 カークからは「色んなキャベツ料理を出してくれるラクリスのおかけだよ」なんて言われたけれど、私自身はそこまでキャベツに思い入れがあるわけではないので微妙な気持ちになる。

 それにキャベツをいつでもどこでも好きなだけ食べられるのは、たぶんこの辺りじゃないと出来ない事だろうから、キャメリオットに帰ってからも主食をキャベツにしておくのは難しいはずだ。


 カークから聞いて初めて知ったのだけれど、どうやらキャベツ栽培が盛んなのは、ここハーウィル王国だけらしい。キャメリオットでもキャベツは育てられているけれど、それはハーウィル王国と近しい国境地帯だけでなんだとか。

 ハーウィルとキャメリオット以外の国の状況が分からないから何とも言えないけれど、もしかするとキャンベルトレムベッツの生育には豊穣の女神ルギアリアの加護が関わっているのかもしれない。山を挟んだ向こう側にも、川の水を通して加護の力は流れ込んでいるだろうから。


 とはいえ主食がキャベツだろうが何だろうが、私が全てを作るのは代わりない。もしまた倒れたら困ってしまうから、まだ他の人の料理を試していないのだ。

 春になって隣町の医師と会えるようになったらクロムの料理を試してみようと、カークは楽しみにしていて。逆にクロムは戦々恐々としている。


 クロムは気の毒だけれど、誰の料理でも食べられるようになったら、お祭りの屋台でも町の人気料理でも何でも楽しめるもの。それに何より旅をするには、宿の食事を食べられないと色々と不便だから、勇気を出して協力してほしいところだ。

 まあまずは、快気祝いが先だけれどね。カークは成人しているし本当ならお酒を用意してあげたい所だけど、さすがにお酒は私も作れないからただの水で乾杯だ。その分料理で満足してもらえるように、最善を尽くしたい。


 そんなこんなで張り切って調理していけば、あっという間に時間は過ぎて。ようやく準備が終わった頃には、すでに日暮れ間近となっていた。今日は雪が止んでいるから、晴れた空に夕焼け色が広がっている。

 そろそろカークたちも帰ってくるだろうと思っていると、賑やかな声が玄関先から響いた。


「ラクリス、ただいま」

「ラクリス様、ただいま帰りました!」

「おかえりなさい、二人とも。……そちらはお客様?」

「うん。こっちがアズラムで、こっちがルーチェ。今夜は二人を泊めるから」


 出かける前、カークは快気祝いにダンも誘えたら誘いたいと言っていたけれど、二人と一緒にいたのは見た事のない男女だった。

 騎士の鎧を着ている目つきの鋭い男性がアズラムで、長身の美女がルーチェらしい。


 驚く私にアズラムは静かに目礼をして、ルーチェがパッと華やかな笑みを浮かべて駆け寄ってきた。


「やだ、可愛い子! 本当にキャベツの天使って感じ!」

「え、あの」

「ラクリスちゃんって言うんでしょ? あたしのことはルーって呼んで。仲良くしてね」

「ルーチェ、触るな」

「グェッ!」


 ルーチェは私の手を握って挨拶すると、そのまま抱きしめようとした。けれどその寸前に、カークがルーチェの外套の襟元を掴んで引き離す。

 苦しそうな呻き声をあげたルーチェは、カークの手をペシリと叩き落とした。


「こんな美人になんてことすんのよ! ちょっと酷くない⁉︎」

「ラクリスに抱き着こうとするからだ」

「あらやだ、嫉妬してるの? 相変わらず可愛い坊やね」

「当然だろう。ラクリスはオレの大切な人なんだから」


 カークは私を抱き込みながら、艶やかな流し目を送るルーチェを睨みつけている。

 こんな気安いやり取りが出来るほど、二人は親しい間柄らしい。しかもルーチェはカークの事を以前から知っているみたいだから、王子と知ってこの態度を取れるほど仲が良いのだろう。

 カークが私を「大切な人」だとハッキリ言ってくれたら、何も心配する必要なんてないのだけれど。何だか胸がモヤモヤして、切なくなってくる。


 するとカークは、俯きかけた私の頬に触れて顔を上げさせ、じっと見つめてきた。


「ラクリス、勘違いしないでね。オレはルーチェとは何もない」

「分かってるわ。大丈夫よ」

「いや、分かってない。あのね、ラクリス。ルーチェは男だから」

「……へ?」


 唖然としてルーチェに目を向けると、ルーチェは外套を脱いでいた。低めではあるけれど声は女性のものだし、大きな胸にくびれた腰で、見た目だってどこからどう見ても女性にしか思えない。

 しかも冬なのになぜその服を選んだのかと思うほど、胸周りが開いた服を着ている。その上、太ももまでしかない丈の短いパンツにロングブーツという姿は肉感的で、イケナイものを見てしまったようで。私だけでなくクロムまで、思わず顔を赤くしてしまった。

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