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43:初恋に浮かれて

 想いを通わせた勢いに任せて、口付けまで交わしてしまったけれど。涙が止まると共に我に返れば、急激に恥ずかしさが込み上げた。

 体が冷えてた事もあり、カークにはお茶を淹れて、私は一人温泉に入る。本当ならカークを先に入れるべきなのだけれど、カークが一人で温泉に入るとクロムが嫌がるのだ。

 温泉で倒れたら誰も助けられなくなるから、私もクロムの考えに賛同している。


「はぁ……温かい」


 ヒラヒラと舞う雪を眺めつつ、温かな湯に身を沈める。この寒い雪の日に、家のすぐ隣に温泉があるというのは非常に有難い。

 ずっと悩んでいた事が、思いがけず幸せな形に変わった事が嬉しくて。先ほどのキスを思い返しては悶えてしまうという、よく分からない時間を過ごす。

 温泉のせいだけではない頬の熱には、雪の冷たさが心地良かった。


 少しずつ頭が冷静さを取り戻してくると、今後どうしようかと考えが回り始める。

 カークは「誰を妻にしても」と言ってくれた。つまり私たちは結婚を前提にしたお付き合いなわけで、恋人というより婚約者のようなものだ。

 という事は住み込み料理人の立場は返上になって、婚約者と同棲中になるという事で。


「……ど、どうしよう。このままでいいのかしら。兄様が良いって言ったんだから、いいの? でもそんな」


 兄様が許可したとはいえ、父様と母様はどう思うだろうか。それにカークはああ言っていたけれど、王位継承権を放棄したとはいえ王子なのは変わりないわけで、カークのご実家であるラスキュリオ王家に連絡しないといけないだろう。

 その時に同棲してました、なんて言ったら印象が悪くならないかしら。私はともかく、カークの醜聞に繋がったりするのは絶対に嫌だ。


 それに何より、これからどんな顔でカークと一緒に暮らしたらいいのだろう。おやすみとかおはようとか、カークと挨拶するのすら照れてしまいそうで困る。

 あとは、そう。クロムには何て言ったら? 互いの家から正式に許可されるまでは黙ってた方がいいかしら。


「ああ、もう……。ダメだわ。全然落ち着かない」


 考えれば考えるほどグルグルと思考が回って、どんどん頭が熱くなる。もしかして私、逆上(のぼ)せてる?

 もう上がった方がいいのだろうけれど、家に戻ったらまたカークと二人きりになるわけで。


「どうしよう。恥ずかしいわ。どうして私、キスなんか」


 唇に触れた感触をまた思い出してしまって、また最初に逆戻りだ。こんな気持ちになるのは初めてだから、どうしたらいいのか分からなくなる。

 かといってこれ以上温泉にいられないし……と困っていると、クロムが帰ってきたのか馬の嘶きが響いた。


「師匠、ラクリス様! ただいま帰りました!」


 家に入ったのだろう、扉を開け閉めする音と共に大きなクロムの声が聞こえてきたから、ホッと胸を撫で下ろす。

 きっと顔は真っ赤だと思うけれど、今なら風呂上がりだと理由を付けられるから、クロムにも変に思われないはずだ。


 意を決して温泉を出て脱衣所で着替えると、私は家に戻った。

 買ってきた品々を片付けたらしいクロムと鉢合わせたけれど、案の定何も言われなかった。


「ラクリス様、お疲れ様です! 雪キャベツの種を植えたって、師匠から聞きました。お手伝い出来ず、すみません。大変だったんじゃないですか?」

「ううん、大丈夫よ。それよりクロムの方こそお疲れ様。カークも冷えてると思うから、二人で温泉に入って」

「はい、そうさせて頂きます」


 気恥ずかしさはあるけれど、思ったよりちゃんと受け答えが出来て安堵する。

 畑にいた私たちより、村まで往復したクロムの方が大変だっただろう。赤くなった鼻をこすりつつ、クロムは笑って着替えを取りに行った。

 その背を見送り、濡れた髪を乾かそうと暖炉のそばへ行くと、カークが火に当たっていた。


「カーク、お待たせしました。次どうぞ」

「ありがとう、行ってくるね。……ラクリス?」


 さすがにカークを前にすると平常心ではいられなくて。カークの顔を見られないままに声をかけると、カークはそっと私に近寄ってきた。


「は、はい。何でしょうか」

「ううん、何でもないよ。湯冷めしないように、暖かくして待ってて」

「……っ! は、はい」


 私が恥ずかしがってるのも、きっとお見通しだったと思う。それなのにカークは、ふっと笑うと、私の額に口付けて温泉に向かった。

 ……こういうのが恥ずかしいのに! でもそれが嫌じゃない自分もいるから困ってしまう。


 カッと頬が熱くなったのが分かるけれど、それでもクロムに見られなかったからまだ良い方だわ。

 なんて心の中で自分に言い聞かせつつカークの背を目で追うと、先ほど自室へ向かったはずのクロムが顔を赤くして扉の影にいた。……なぜ?


「し、師匠……おめでとうございます!」

「ありがとう。行こうか」

「は、はい! あの、僕着替えを取ってから行きますので!」

「うん、よろしくね」


 カークはクロムの頭をくしゃりと撫でて、機嫌良さげに去っていった。クロムは満面の笑みで私に会釈をして、鼻歌を歌いながら部屋を出て行く。

 だからどうして、戻ってきたの!


「もういや。恥ずかしすぎる……」


 髪を乾かすのに使うつもりだった布に顔を埋めて。私はヘナヘナと、暖炉の前に座り込んだ。

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