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40:雪キャベツと涙

 隣国との境になっている山々はすでに白くなっていたから、そろそろだとは思っていたけれど。その日、あまりの寒さに目を覚ませば森に雪が舞っていた。

 どうやら降り始めたばかりのようで、積もっている雪はそう多くなく薄らと土を覆い隠しつつある程度だ。けれど空には雪雲が浮かんでいるから、このまま降り積もっていくだろう。

 そうなれば当然、収穫祭後毎日続いていたカークとクロムの狩りもお休みだ。その代わりに道が雪に覆い尽くされる前にと、クロムは馬を連れて冬籠り前最後の買い出しに出かけた。


 そうして家に残ったのは、私とカークだけになった。久しぶりに二人きりとなって緊張するけれど、あの話をするなら今しかない。

 そう決意を固めていたのだけれど、なぜかカークは嬉々として外套を着込み始めた。


「あの……カークもお出かけするんですか?」

「お出かけっていうか、裏の畑に。ラクリスも行くよね?」

「ええ、まあ。雪が積もる前に収穫しなければならない野菜もありますし」

「それもあると思うけど、大事なことを忘れてない?」

「大事なこと、ですか?」

「うん。ほら、これ」


 カークが持ち出したのは、雪キャベツの種だった。以前ダンが、新築祝いだと譲ってくれたものだ。

 雪キャベツは雪の下でしか育たない珍しいキャベツで、種まきも雪が降ってから行う。雪さえあれば育つ上に普通のキャベツより生育も早いため、家の裏に畑もあるのだから冬の間はキャベツを自家栽培したらどうかと勧められていたのだ。


「ごめんなさい、すっかり忘れてました」

「大丈夫、オレが覚えていたから。早速植えてみよう」

「ええ」


 カークの命綱ともいえるキャベツの事なのに、自分の事ばかりで忘れていたから嫌になってしまう。それでもカークは優しく微笑んでくれて。嬉しいけれど申し訳なくて胸が痛い。

 今はまず、この雪キャベツを育てる事を考えよう。クロムが帰ってくるまで、まだまだ時間はあるのだから。


 薄らと積もる雪に足跡を残して、私とカークは庭へ出た。

 カークが雪に弱い野菜を収穫してくれている間に、私は余った区画を耕し直し、土に肥料を混ぜていく。吐く息は白く、頭や肩に雪は積もるけれど、体を動かしているから寒さは感じない。

 そうして畑の準備を終えると、カークと二人で雪キャベツの種を蒔いた。


「とりあえず今回はこのぐらいでいいかと」

「そうだね。一気に植えたら食べきれなくなりそうだし……って、あはは」


 仕事を終えて達成感でいっぱいになっていると、カークが不意に笑い出した。


「どうしたんですか?」

「ラクリス、雪だらけになってるよ」


 土で汚れた手袋を外して、カークは素手で雪を払ってくれる。でもカークだって雪だらけだし、白い頬も赤くなっている。

 なんだかおかしくなってしまって、つい笑いながら私も手袋を脱いだ。


「それを言うならカークもですよ」

「いいよ、オレは」

「ひゃっ! 冷たい!」


 カークの頭の上にはさすがに手が届かないから、肩にある雪を払おうとしたのだけれど、その手をカークが握ってきた。私の雪を払ってくれたカークの手は、濡れて冷たくなっている。

 思わず声を上げると、カークは困ったように眉を下げた。


「ラクリスも冷えてるね。早く家に入ろう。風邪をひいたら大変だ」


 そのままカークに手を引かれて家へ戻る。繋いだ手のひらにじんわりと熱が感じられて、心地良さと気恥ずかしさでいっぱいになる。


 こんな風にカークと触れ合うのは収穫祭以来だ。喜ぶ資格なんてないのに、胸は勝手に高鳴ってしまう。……だからだろうか。

 パタリと扉を閉めると同時にカークは手を離してくれたけれど、それが酷く寂しく感じられて。なぜか泣きたくなってしまった。


「温泉には後で行くとして、まずは温かいお茶でも……ラクリス?」


 家の中は暖炉のおかげで暖かい。髪に残っていた雪が溶けて、ぽたりと床に落ちる。

 そう。これは紛れもなく溶けた雪だけだ。そんな風に思いたかったのに。


「どうしたの? 泣くほど寒かった? どこか痛い?」


 まだ冷たいカークの指先が頬を撫でる。そのまま顔を上げさせられたけれど、カークの顔が滲んで見えない。

 涙を堪えきれなかったのだと気づくと同時に、胸を占めていた何かが溢れ出した。


「どうして……」

「ん?」

「どうして、カークは優しくしてくれるんですか。私、ずっと何も答えてないのに」


 こんな土で汚れたまま、立ち話で言う事じゃない。そう思うのに、涙も言葉も止まらなかった。

 けれどカークは、情けない私を責めたりしなかった。


「とりあえず座ろうか。髪も拭かないとね」


 カークは私を暖炉の前に座らせると、外套を脱いで布を持ってきてくれた。自分の髪もまだ拭ききっていないのに、私の頭まで拭いてくれる。

 それが申し訳なくて、私はどうにか涙を止めた。


「……ごめんなさい、突然泣いて。もう大丈夫ですから。すぐお茶を淹れますね」

「ラクリス、待って」


 立ち上がって外套を脱ぎ、台所へ行こうとすると、カークにぐいと腕を引かれた。そのまま抱きしめられたから、思わず息を呑む。


「さっきの質問に、オレはまだ答えてない」

「でも」

「好きだからだよ。オレは君が好きだから答えを聞きたくないし、優しくしたいんだ」


 以前のカークが相手なら、私が身を捩ればすぐにその腕を外せただろう。けれど、今のカークは思っていた以上に腕の力が強くて。

 どうする事も出来ない私は、耳元で囁かれた言葉に顔を赤くするしか出来なかった。

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