36:キャベツ王子の告白
普段ならのどかな田舎町なのだろうけれど、収穫祭の今日は近隣の村々から人が集まるためかなりの賑わいだ。この十年、城から出られなかった私には、なかなか慣れない人の多さだった。
「師匠、ラクリス様! 次はあのお店に行きましょうよ!」
「待って、クロム!」
「ラクリス、手を貸して。君まで逸れたら大変だ」
「は、はい!」
クロムは久しぶりのお祭りに興奮しているようで、小柄な身を活かして人波を縫い、スイスイと先に行ってしまう。その後ろで押し流されそうになる私の手を、カークがしっかりと握ってくれた。
私を気遣いながら導いてくれるカークの背が頼もしく見える。男の人らしい大きな手の温もりに、思わず胸が高鳴った。
「おや、ピンクの花だね。綺麗なお兄さん、お嬢さんにこのストールなんかどうだい? 安くしておくよ」
「へえ、可愛らしいね。ラクリスに似合いそうだ」
「カーク、私のものなんて気にしないでください」
「ごめん、おばさん。彼女は慎ましいんだ」
「あはは、そうみたいだね。気が向いたらまたおいでよ。今日は一日、ここにいるから」
クロムの後を追いつつ手を繋いでお店を巡っていると、なぜか度々声をかけられた。カークが勧められるままに買おうとするのを必死に止めると、その都度カークは角が立たないように上手く断ってくれる。
温かな目で見送られると気恥ずかしくなってしまうけれど、意外にもカークは堂々としたままだ。カークも王子なのだから、町歩きには不慣れかと思ったけれどそうでもなかった。
元気だった頃は、魔法師として国内の様々な町に出かける事もあったそうで、弟子時代はむしろお祭りの日に水魔法をお披露目した事まであったらしい。
まさか魔法で余興までしていたなんて、水魔法師の仕事の幅が広過ぎて驚いてしまう。
そんなこんなでドキドキしつつも三人で回ったお祭りはとても楽しくて、あっという間にお昼になった。混み合う前にと、私たちは解放されているテーブルスペースの一角に陣取る。
カークは私の作ったお弁当を食べたけれど、私とクロムは屋台で買ったこの町の名物料理を楽しんだ。いつかこれをカークと一緒に食べられたらいいなと思う。
「僕はそろそろダンの所に行きますね」
「じゃあオレたちも、品評会の会場に行ってみようか」
「はい、分かりました」
クロムと別れると、私とカークはキャベツ品評会があるという広場へ足を向けた。
審査にはお祭りの参加者も加われるようで、出品されている自慢のキャベツを試食して美味しかった物に木札を入れるという仕組みだった。ダンを応援したい所だけれど、どれが誰のキャベツか全く分からないから純粋に選ぶしかない。
「どれも美味しそうだね。ラクリスも食べる?」
「いえ、私はお腹いっぱいなので。カークこそ、食べて大丈夫なんですか?」
「平気だよ。キャベツだし」
今しがた昼食を終えたばかりだから、私は試食に手を出せなかったけれど、あんなにキャベツ弁当を食べたはずのカークは、まだまだ食べられるようだった。
吟味を重ねた上でカークが投票したキャベツに、私も一票を投じる。そうして蓋を開けてみれば、驚いた事にカークの選んだキャベツはダンの育てたものだった。
「今年の優勝は、ナルニ村のダン!」
「やった! ダンが優勝だよ、ラクリス!」
「ええ。良かったです。本当に」
キャベツを食べ続けたカークが選んだものだ。何となく予想はついたけれど、ダンが育てたキャベツは他を圧倒して初優勝を飾った。
水不足の頃、ダンの畑を支え続けたカークは感慨もひとしおのようだ。喜びの声を上げたカークは、私をギュウと抱きしめてくる。突然の事で驚いたけれど嫌な気分にはならなかったから、私もかなり浮かれているのだろう。
壇上に上がったダンも、満面の笑みで嬉しそうだ。ダンは表彰式を終えると、すぐに私たちの所へやって来た。
「ダン、優勝おめでとうございます!」
「ありがとな。これもカークとお嬢さんのおかげだよ」
「オレは大した事は出来なかったけどね」
「何言ってんだ。お前が水を出してくれなきゃ、俺だってとっくに畑をやめてたさ」
ダンは上機嫌に笑うと、カークの背を叩いた。
「とにかく俺は結果を出したからな。お前も頑張れよ」
「ありがとう、頑張るよ」
カークがいなければダンはキャベツを育てられなかったし、ダンがいなければカークはキャベツを食べられなかった。
互いに支え合って夏を乗り切った二人には、何か通じるものがあるのだろう。私にはよく分からないけれど、ダンはカークを励ますと「俺は先に戻る」と去っていった。
「カーク、私たちも戻りましょうか?」
「いや、もう少し見たい所があるんだ。良かったら付き合ってくれる?」
「いいですよ。でも疲れたら言ってくださいね」
品評会の後、広場ではダンスが行われるようで軽快な音楽が響き出す。楽しげな曲と人々の笑い声を背に、カークに連れられて向かった先は、町外れの小高い丘だった。
「これは……花畑ですか?」
「うん。コスメイオスっていう花だそうだよ」
「綺麗ですね」
豊穣の女神ルギアリアを祀る祭殿を頂く丘は、一面がピンク色の花で覆われていた。カークが私にくれた花飾りとよく似たその花に、思わず笑みが溢れる。
「この花の意味、ラクリスは知ってる?」
「いいえ。どういう意味なんですか?」
「君を想うっていう意味なんだ」
「え……?」
可愛らしい花に見入っていたら、不意にそんな事を言われて驚いてしまう。けれど振り向けば、カークは真剣な眼差しで私を見つめていた。
「ラクリス、オレは君が好きだ。これから先も、ずっとそばにいてくれないか」
ザァと風が吹いて、コスメイオスの花が揺れる。カークの蒼い瞳は、嘘をついているようには見えない。手を繋いだり抱きしめられたりしたのも、そういう事だったのかと腑に落ちる。
好きだと言われて嫌な気持ちにはならないし、むしろ嬉しいとも思う。だって今日一日、とても楽しかったもの。
けれど私は……どう答えていいのか、分からなかった。