表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/72

35:収穫祭へ

 突然の兄様の訪問から三日後、私たちは小屋という名の新しい家に引っ越した。ようやく私も温泉を楽しめるようになったけれど、実はまだのんびり入れてはいない。というのも、隣町で行われる収穫祭の日が間近に迫っていたからだ。

 以前、カークが元気になったら一緒に行こうね、と約束していたけれど、カークはそれをしっかり覚えていて。二日かけて荷物の片付けを終えた夜、カークは「明日の収穫祭には、みんなで行こう。ダンの馬車に乗せてもらえるよう頼んでおいたから」と、楽しげに笑った。


 そんなわけで私たちは今、ダンが育てたキャベツ満載の荷馬車に乗っている。クロムはダンと一緒に御者台に座り、私とカークはキャベツの入った籠の隙間に寄り添って座っていた。


「カーク、大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが」

「大丈夫……。ちょっとこの揺れに慣れないだけだから」

「それって大丈夫とは言わないんじゃ」


 収穫祭に出かけるのを楽しみにしていたカークは、昨夜あまり眠れなかったそうだから、寝不足の身にこの揺れは辛いのだろう。

 この所カークの体調は良かったから、馬車移動にも耐えられると思ったけれど、そもそもカークは王子だし荷馬車に乗るなんて初めてに違いない。カークの知る馬車とは違うのだと話して、止めるべきだったかもしれない。

 けれど村はとっくに出てしまったし、こんな所で降りても困るだけだ。心配ではあるけれど、どうにか耐えてもらわないと。


「お水を飲みますか?」

「今はいいよ……。ごめん、ラクリス。心配かけて」

「いいんですよ。いつものことですから」

「……そうだよね」


 ガックリと項垂れてしまったカークの背をそっとさする。本来なら男性に触れるなんて恥じらうべき所なのだろうけれど、こういう弱い一面を見てばかりだからか、こうしてお世話するのに躊躇いはない。

 カークは王子だし年上でもあるけれど、むしろ弟とかがいたらこうだったのかな、とすら思う。母性愛ってこういう事なのではないだろうか。こんな考えは不敬だと思うし、決して口には出来ないけれど。


 とはいえ色々心配な事はあったけれど、幸いな事にカークは吐くこともなくどうにか隣町まで耐え切って。ダンがキャベツの露店を開く頃には、ようやく気持ち悪さも治まったみたいだった。


「カーク、調子が戻ったんなら出かけてきたらどうだ?」

「そうさせてもらうよ、ありがとう」

「ダンはずっとここにいるんですか? 私、店番代われますけど」


 快く私たちを送り出そうとしてくれるダンに申し出れば、ダンは愉快げに笑った。


「それはクロムに頼んであるから大丈夫だ。昼過ぎにキャベツの品評会があるから、そこだけクロムを借りるよ」

「クロムをですか? でもクロムはカークのお世話がありますし、店番なら私の方が」

「いや。むしろお嬢さんには、カークと一緒に品評会の方に来てもらいたいんだ。今年は優勝出来るかもしれないからよ」

「そうですよ、ラクリス様! 店番は僕に任せてください。僕、一度やってみたかったんです!」

「そうなの? それなら分かったわ」


 必死になって言うぐらい店番をしてみたいなんて、クロムは不思議な子だ。でもそこまで楽しみにしているのに邪魔をする気はないから、大人しく引き下がる。

 カークがどこかホッとしたように見えるから、カークはクロムの店番への熱意を知っていたのかもしれない。


「でもお昼まではクロムも一緒に回るのよね?」

「はい、そのつもりです。師匠のお弁当もありますし、お昼まではご一緒させてください」

「もちろんよ」


 収穫祭では食べ物の屋台がたくさん出ているけれど、カークがそれを食べて体調を崩したら困るから、今日もしっかりお弁当を用意してきている。

 私が持つと言ったのだけれど、師匠の食事を運ぶのは弟子の務めだと言って、クロムが背負い鞄に入れているのだ。カークは本当に良いお弟子さんを持ったと思う。


「あ! そういえば師匠、これを」

「ああ、そうだね」


 クロムは小さな包みを背負い鞄から取り出して、カークに渡した。包みの中には、可愛らしいピンクの花飾りが入っていた。


「ラクリス、帽子を貸して」

「え? ええ」


 日除けに被っていた帽子をカークに渡すと、カークは花飾りを帽子に差し込む。それを私の頭に乗せて、満足そうに頷いた。


「うん、似合ってる」


 カークの笑った顔が眩しく見えて、胸がドキドキしてくる。いつもは私が守ってあげなきゃと思うのに、こうして時々カークは急にカッコよくなるから心臓に悪い。


「ありがとうございます。でも、どうして突然?」

「女の子はみんなこれを付けるって聞いたから」


 どうにか平静を装って問いかけてみれば、カークは周りを見回しながら教えてくれた。目線の先を辿れば、確かに女性は帽子や服のどこかに花飾りを付けている。見た感じ、年配の方は赤か黄色を。若い子たちはピンクか白を付けているみたいだ。

 事前に調べてわざわざ用意してくれたのかと思うと、嬉しくて仕方ない。


「これ、大切にしますね」

「……ああ」


 感謝を込めて伝えると、カークは照れくさそうに笑った。それはとても嬉しそうで。今まで見た事のないカークの笑みに、私まで何だか気恥ずかしくなってしまうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ