32:続・君が誰であっても(カーク視点)
「師匠は、棒占いの妖精が出る条件を何だと考えているんですか?」
棒占いに使う枝の種類や、一人でやったらどうかとか。様々な方法で検証してきたのに共通項は見つからなかったと、クロムは首を傾げる。しかしその真っ直ぐな問いに、どう答えるか迷う。
確証はないが、おそらくこれだと思うものはある。だがそうだとするなら、今ここにラクリスがいる事自体がおかしかった。
「まだ秘密かな」
「えー! せっかく調べたのにまだお預けなんですか⁉︎」
「すまないね」
クロムは不満顔で、ブクブクと鼻を湯に沈める。思わず苦笑が浮かぶが、まだこれを言うわけにはいかない。
世界中の不可思議な出来事は、全て神の力に起因していると言われている。クロムは平民だから知らないだろうが、魔法にしろ呪いにしろ奇跡にしろ、全ては神とその加護に関係しているというのが各国王家共通の認識だ。
国を荒らす魔物ですら、魔に堕ちた神の憎しみから生まれると言い伝えられている。つまり棒占いの妖精も、神の御加護で現れたはずだった。
だからオレは、棒占いに関してはこのハーウィルの地そのものに特殊な神の加護があるのかと思ったが、クロムの調べでそうではないと分かった。
そうなるとオレとクロムには、水の神の加護があるから妖精が手助けしたのだと考えられる。だがそれなら、ラクリスは?
ラクリスは、ここハーウィル王国で生まれ育ったというが、ハーウィルの加護持ちは一人しかいないはずだ。
素直に考えれば、棒占いの妖精が力を貸すラクリスは、そのたった一人の存在だという事になるが、そう思うには無理があった。
オレの記憶が正しければ、ハーウィル王国を守護する豊穣の女神ルギアリアは、百年おきにたった一人の女性に加護を授ける。聖女と呼ばれる加護持ちの乙女は、生まれると同時に王家に手厚く保護され、王族に嫁ぐ習わしだと外交教育で教わった。
その周期で行けば十六年前に今代の聖女が生まれるはずだが、なぜか今の聖女が現れたのは十年前だったと聞いている。十歳の聖女相手では年齢差が大きいと思うが、オレと同じく今年二十歳になるハーウィル王国王太子フェルシオンの妃となると噂されている。
王太子はこの冬に成人するそうだから、そこで何らかの発表があるのではと父上たちが気にしていた。
これらの話が本当だとするなら、ラクリスが聖女であるはずがない。まず年齢が違うのだから。
だが他に、ラクリスに棒占いの妖精が現れる理由はない。それとも、ハーウィルで生まれ育ったという事自体が偽りなのだろうか。
(ラクリスが嘘をついているとは思えない。だが、何かを隠している可能性はある)
気になるのは、彼女が親友に婚約者を奪われたという話だ。婚約発表がこの冬にあるはずだったというのも、もし彼女が聖女だったなら辻褄が合う。
彼女の年齢が聖女の現れた年と合わないのが気にかかるが、百年周期の方で考えれば年齢は合う。空白の六年がなぜ生まれたのかは謎だが、幼い頃は棒占いで行商をしていたというし、それが関係しているのかもしれない。
だがそうだったとしても、それならばなぜ聖女をハーウィル王家が手放したのか疑問が浮かぶ。
オレはハーウィルの王太子と面識はないが、同じ王太子として会った事がある兄上の話だと聡明で誠実な人柄だったはずだ。長く続いた慣習を無視し婚約者を捨て、その友人を妃に迎えるとは思えない。
もしかすると、王太子の婚約者が今の聖女という噂が間違っているのか? だが今のハーウィル王家では、独身男性は王太子だけのはずだ。
第一、クロムは妖精を見られるというのに、なぜラクリスには見えない? オレは呪いで加護が弱まっているから見えないのだろうが、ラクリスの加護はそもそも弱いのだろうか。
子どもなら未熟な体を壊さないように、扱える加護の大きさを無意識に制限しているはずだが、ラクリスは十六歳だ。そしてオレたち魔法師と違って、聖女と呼ばれる存在の力は強大であるはずなのに。
考えれば考えるほど分からなくなる。ラクリスがオレに話していない事柄が何かしら、棒占いや彼女の加護に関係している可能性も否定出来ない。
だが……。
「……まあ、彼女が何者でも変わらないか」
「師匠?」
「いや、何でもない。ただの独り言だ」
ラクリスが捨てられた聖女だろうが出身国を偽っていようが、オレを救ってくれた事実は変わらない。この二ヶ月余りを共に過ごす中で、明るく朗らかで優しい彼女には惹かれるばかりだ。
料理人と雇い主という関係を越えて、彼女と共に歩みたい。その気持ちだけがオレの中で大きく育っている。
……まだラクリスの心を射止めてすらいないが。
「そうだ、クロム。来月の祭りで頼みたいことがあるんだが」
「師匠、ついにやる気になったんですね! 僕に出来ることなら何でもやります! お任せください!」
「ありがとう。頼りにしてるよ」
呪いに侵されて痩せ衰えたオレが、隣国のこの小さな村で療養出来るのは、王位継承権を手放したからに他ならない。使者が戻るまで生きていられるか分からないからと、一縷の望みを抱きつつも、父上たちからは残りの人生を好きなように生きろと言われて見送られた。
王子であって王子でないのが今のオレだ。ラクリスが平民でも、我が儘を通す事は出来る。ラクリスの心さえ手に入れば、この村でこれから先の人生を過ごしてもいいのだ。
ラクリスが何者であっても、死にかけだったオレの命を救ってくれたのは彼女だから。婚約者を奪われたと悲しげだった彼女を、オレの手で幸せにしたい。
命さえ繋がればいいと思っていたはずが、いつの間にかこんなに貪欲になってしまった事に知らず笑いが溢れる。前向きに生きられるというのは、何と贅沢な事だろう。ラクリスがどこの誰かなんて、彼女との出会いの幸運に比べれば些細な事だ。
今日もあの小屋に帰れば、彼女が待っていてくれる。様々な疑問は頭の片隅に押しやって。今ある幸せを噛みしめ、オレは温かい湯に身を委ねた。