31:君が誰であっても(カーク視点)
ラクリスのおかげで温泉が見つかってから十日が経った。季節は徐々に秋へと変わり始めたが、まだ木々は色付かない。それでも吹く風は涼しく、火照った肌に心地いい。
「やっぱり気持ちいいですね、師匠」
「そうだね」
ラクリスを小屋に一人残して、オレは今、クロムと二人であの日見つけた温泉に入っている。
発見時には膝下程度しかなかった浅い湯の池は、村の男たちの手で掘り下げられ石も敷かれ、今や立派な野天風呂になった。村中に井戸をいくつも作り上げた彼らだからこそ、この短期間でこれほどしっかりと仕上げる事が出来たのだろう。
青空の下、視界に映るのは故郷との隔たりとなっている雄大な山々と緑溢れる森の木々。そして、目隠しにと立てられた木の壁だ。辺りにはサラサラと流れる水音と共に、カンカンと木を叩く音も響いている。
オレたちが今こうしてのんびりと湯に浸かっている間も、温泉そばに新しい小屋を建てるべく、大工たちが働いていた。
「最初はどうしようかと思いましたけど、冬になる前に見つかって良かったですよ」
「ああ、本当にね。これも全て、ラクリスのおかげだ」
元々あった森の小屋からこの温泉まで、簡単な道はすぐに作られた。下草を刈り、張り出した木々の枝を払っただけの道は馬も通れるようになったが、雪が積もれば行き来は難しくなる。
この温泉が本当に万病に効く湯なのか、そうだとしてもどれだけ入り続ければ効果が出るのか、全く分からない。冬になっても毎日入れるよう、こちらに小屋が出来次第、移り住む予定だ。
村長を始めこの村の人々には、感謝してもしきれないとつくづく思う。隣国からやって来たオレを快く受け入れ、キャベツしか食べられない身を案じ、様々に手を貸してくれた。
ラクリスといい、ダンたちといい、ハーウィルの国民は心根の優しい者が多いのだろう。
「回復したら、何らかの形で恩を返したいね」
「そうですね。みんな、師匠の元気な姿を見るだけで充分だって言いそうですけど」
「はは。それはあるかもね」
キャベツの不作解消を手伝おうとしたものの、水魔法ではその場凌ぎにしかならなかった事を思うと情けなくなる。
恩返しをしたくても、今の自分に出来る事など何一つない。今はただ、身を苛む呪いに打ち勝つ事に注力しなければならない。
手足を軽く動かし、肌に触れる湯の感覚を確かめる。腹の底にいつも感じる不気味な冷たさは、この湯に触れている間は緩和される。
これは効いていると考えていいのかもしれない。
「あ、そういえば師匠。前に頼まれてたやつですけど、他は誰の時も出て来ませんでしたよ」
「そうか。お前の知り合いにもいないんだったな。そうすると、オレとお前とラクリスだけか」
「はい、そうです」
この温泉を見つけたあの日。クロムが気付いた妖精は、クロム自身が棒占いをしても現れた。ちなみにその時クロムが尋ねたのは「美味しいキャベツはどこにあるか」というもので、その結果はダンの畑の方角を指し示した。
温泉に関係なくとも妖精は現れるが、なぜか棒占いの時しか見えないとクロムが言うため、オレたちは便宜的に棒占いの妖精と呼んでいる。
だがオレ自身は、クロムの見た妖精はそんなものではないと思い、いくつかクロムに頼み事をしていたのだ。
それは村の人々にも棒占いをしてもらい、妖精が現れるか試してみるというものだった。その結果、どうやらオレたちの棒占いでしか妖精は現れなかったらしい。
「師匠はあまり驚かないんですね。もしかしてこうなるって分かってたんですか?」
「確信はなかったよ。だからこそ頼んだんだ」
棒占いの妖精は、誰にでも現れるわけではない。過去、クロムが故郷で棒占いの妖精を見た事はなく、この村の者たちにも現れなかった。
地理的な要員や男女の差、年齢も関係なく、なぜかオレたちにだけ力を貸してくれていた。それは一体、なぜなのか。