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3:十年ぶりの帰宅

 家に向かうとしても、あまりに見すぼらしい格好だから門番に止められないかヒヤヒヤしたけれど、裏門を通ったからか訝しげに見られただけで普通に城を出る事が出来た。

 町行く人たちにも明らかに避けられたけれど、気にしている場合じゃない。私は十年ぶりになる家への道を、必死に思い出して歩いた。


 私の両親は各地を転々としていた行商人だった。働き者の二人は自分の店を持つのを夢見ていて、それを私が六歳の時に叶える事が出来た。

 そうしてここハーウィル王国の王都に小さな店を開いたのだけれど、数ヶ月経った頃にお城から使いが来て、私は聖女として連れて行かれてしまった。

 前の聖女が亡くなってから三十年近く経っていたから、国土はどこも疲弊していたようで。聖石を通じて女神様から与えられた聖女の力を王国中に満たし、さらに聖石に余力が溜まるまで、私は日に三度祈りを捧げ力を注ぐよう命じられた。


 だからそれ以来私は一度も家に帰れず、家族とも会えなかった。唯一、父様とは年に数回面会が許されていたけれどね。

 この十年で、うちの商会はかなり大きくなったらしいけど、父様は私がいつか帰宅を許された時に落ち着けるよう家だけは変えていないと話していた。きっとあの小さな店に、父様たちは今も住んでいるはずだ。


 そうして私は道に迷ったりもしたけれど、日暮れ前には懐かしい家に辿り着く事が出来た。趣味とはいえ畑仕事もしていたから足腰には自信があったけれど、長時間歩き続けてヘトヘトだった。

 父様はいいとしても、母様と兄様に会うのは十年ぶりだ。その上汗だくだしこんな格好だから、娘だと信じてもらえるか不安だったけれど。それは杞憂に終わった。


「ラクリス? ああ、ラクリス!」

「母様……?」


 家の前でソワソワした様子で佇んでいた女性が、私を見て駆け寄ってくる。記憶にあるより歳を重ねているし装いが昔よりずっと華美だけれど、母様だと一目で分かった。

 私の服は汚れてるから、母様に触れるのを躊躇ったけれど。母様は全く気にせず、涙目になりながらも優しい笑みを浮かべて、私を抱きしめてくれた。


「ラクリス、おかえりなさい。よく帰ってきたわね」

「ただいま、母様。私だってよく分かったね」

「可愛い娘だもの、すぐに分かるわ……って言いたい所だけれど。実は、あなたが帰ってくると連絡を受けていたの。簡単にしか聞いてないけれど、聖女の力が無くなってしまったんでしょう?」

「うん」

「でもその後、馬車で送るはずだったのに姿が見えないって言われたから心配で」


 どうやらフェルシオン殿下は、城を出る私のために馬車を用意して下さってたらしい。先触れから私の帰宅を聞いた母様は色々準備をしていたけれど、私が消えたから城内を捜索している所だと、追って使者が知らせに来たそうだ。

 まさか騒ぎになってるなんて思わなかった。殿下のご好意も無下にしてしまったし、申し訳なさに胸が痛む。


「こんなに綺麗に育ったのに、変装してこっそり帰ってくるなんて。私たちをビックリさせたかったの? お転婆なのは変わりないのね」


 母様は私をじっくりと見て、クスクスと笑った。どうやら母様は、私が聖女じゃなくなったからハメを外したと思ってるみたいだ。

 本当は変装なんかじゃないけれど、真実を知れば母様は悲しむだろう。私は母様の勘違いに、黙って乗る事にした。


 母様に連れられて家へ入ると、私は真っ先に風呂に入らされた。風呂上がりに用意されていたのは上品なワンピースだった。


 この十年、聖女として過ごしてきた私は、与えられたローブばかりを着ていた。殿下の婚約者として淑女教育も受けたけれど、聖女のお勤めの合間に教わっただけだから、内容は一般的な貴族令嬢が受けるものと同程度。だからその時もローブ姿がほとんどで、他は時折ダンスレッスンで練習用のドレスを着たぐらいだった。

 せっかく受けたダンスレッスンも、無駄になってしまったけれどね。きちんとしたお披露目は殿下が成人となられる二十歳の誕生日までお預けだったから、社交の場に顔を出す事もなく。着飾る機会なんて一度もなかった。


 そんな事も思い出してしまうと、つい落ち込んでしまうけれど。年頃の女の子らしい服は本当に久しぶりだから、嬉しくて気持ちも上向いてくる。

 これからはもう好きなだけオシャレをしていいし、自由にしていいんだ。


 そうして着替えを終えて居間に戻ると、母様から連絡をもらったんだろう、父様と兄様が帰ってきていた。

 二人も先程の母様と同じく、私を見るなり抱きしめてくれた。

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