28:温泉探し
胃薬を飲んで休んだカークは、本人の言った通りだいぶ回復していたようで。その日の晩も翌朝も、私の作った料理を元気に食べた。
私とクロムは朝食の後片付けをしながら「これで安心して出かけられるね」と話して、森へ入る準備をした。
よほど外へ行きたかったのか、カークは物言いたげに見てきたけれど。昨日言った事を私も撤回する気はないから、私たちは素知らぬふりをして温泉のあった場所へ向かった。
「ここなの?」
「はい、そうです」
小屋の裏手から森へ入り、沢を下った先にその場所はあった。けれど期待も虚しく、そこには石の敷き詰められた穴が空いているだけだった。
「……ないわね、温泉」
「そうですね……。もう湧かないんでしょうか」
「どうなのかしら。私にも分からないわ」
城にいた頃に読んだ本は、ほとんどが農業関係だった。こんな事なら、温泉の本も読んでおけば良かったと思う。そんな本があるのか知らないけれど。
「ラクリス様、帰りましょうか」
「そうね」
いくら眺めていても、温泉なんて出てくるはずもない。クロムと二人、ため息を吐いて来た道を戻る。
傾斜は緩いものの帰りは上り坂で、しばらく人が通らなかったからか、下草もたくさん生えていて歩き難い。その上暑さもあるから、小屋までそう遠くない距離にも関わらず、私たちは汗をじっとりとかいた。
空振りに終わったのは悲しいけれど、カークを無駄に歩かせずに済んだ事は良かったと思う。
「ただいま帰りました」
「おかえり、二人とも。……その感じだと、温泉はなかったみたいだね」
「ええ。乾ききっていたわ」
小屋に戻ってカークに報告すると、カークは苦笑するだけだった。
あんなに温泉に行きたがっていたし、ガッカリするかと思っていたから意外だったのだけれど、どうやらカークは諦めていないようだった。
「もう少し経ったら、きっとオレももっと体力がつくと思うんだ。その頃には暑さも落ち着いてると思うし、次はみんなで温泉を探しに行こう。探せばきっと、他にもあると思うんだよね」
水を飲む私たちに、カークが朗らかに言うから。どうしたって一緒に森に行きたかったんだなと、思わず笑ってしまう。
汗をかいて歩いたからか、クロムも疲れた顔をしながらも一緒に笑っていて。元気になったクロムを見て、私とカークはホッと胸を撫で下ろしたのだった。
そうしてまた穏やかな日々は過ぎて、夏の終わりが近づいてきた。辺境の村の水不足はすっかり解消されて、瑞々しいキャベツが取れるようになった。
森の小屋では、あの日以来クロムが台所に立つ事はなく、調理は私が全て行なっている。
カークは食べる量が前よりずいぶん増えたため、今では一日三食になった。失った筋力を取り戻そうと少しずつ運動も始めていて、宣言通り体力もついてきている。まだ細めではあるものの、今のカークはどこからどう見ても不健康には見えない。
そんなカークから「前に約束したよね、みんなで温泉を探しに行こうって」とキラキラした顔で言われてしまえば、さすがに頷かざるを得なくて。よく晴れたある日、私たちは三人で再び森に入る事になった。
「まず最初にもう一度、前の温泉を見に行こうか」
「ええ、そうしましょう。クロム、準備は大丈夫?」
「はい、バッチリですよ!」
もし前と変わっていなければ、今度はもっと森を歩く事になる。カークに無理をさせたくはないから、それほど奥には行かないつもりだけれど、念のため私とクロムでお弁当と水を持って、手ぶらのカークと出発した。
「これはすごい道だね。草だらけだな」
「カーク、そこから下り坂ですから。転ばないように気をつけてくださいね」
「うん、ありがとう」
所々で私が声をかけ、クロムがカークに手を貸していく。前よりずっと伸びた下草をかき分けるようにして以前向かった道を下ったけれど、やっぱり温泉は涸れたままだった。
「うーん……全然水の匂いがしないね。ここからはもう出ないんだろうな」
「匂い、ですか?」
「オレ達は水魔法が使えるから。何となく分かるんだよ。……まあオレの場合は、呪いで分からなくなってるだけかもしれないけれど」
温泉跡を見回してカークは言って、クロムにも確かめたけれど。クロムも何も感じなかったようで、残念そうに頭を振った。
「僕も同じです。他にないか探しましょう」
「うん、そうだね。どっちに行こうかな」
温泉を探すといっても、手がかりなんて何一つない。そうなると、やっぱりアレよね。
もう水不足は解消しているし、前のように倒れない、なんて不思議な事は起こらないはず。もしあれが呪いに苦しむカークを示していたならなおのこと、万病に効く温泉を教えてくれるはずだ。
今までは何となくやっていた棒占いだけれど、当たって欲しいと願いを込めて。少し緊張しながらも、私は近くに落ちていた枝を拾い上げた。