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25:病の謎

 私が辺境へ来てから、一ヶ月余りが過ぎた。カークに棒占いを教えてからも穏やかな日々は続いていて、夏真っ盛りとなった今もカークの食欲は変わらず、体調も安定している。

 雨も毎晩降り続けているし、村の井戸も増えた。キャベツを買いに行ったクロムがダンから聞いた話によると、そろそろキャベツ畑を再開しようとする人も出て来ているらしい。


 全てが順調で喜ばしい限りだ。そこでもう一歩進もうと、私はある事を決めた。


「え? 僕が一人で作るんですか?」

「ええ。そろそろいいかと思って」


 カークのために様々な料理を作りながら、クロムにその作り方も教えてきた。調理工程の一部を手伝ってもらう事もあったけれど、これまでは全て仕上げは私がやって来た。

 それを今回、クロムに一品だけお任せしようと思ったのだ。手順はバッチリ覚えているし、手つきも問題ない。もうクロム一人で作っても大丈夫だと思うから。


「でも師匠は、僕よりラクリス様の料理を喜ぶと思うのですが」

「何を言ってるのよ。クロムはカークの大事なお弟子さんでしょう? きっとカークだって、愛弟子の料理を食べたいはずよ」


 安心出来るよう話しても、クロムはなかなか頷かない。まだ不安が残っているのかもしれないけれど、私が隣でちゃんと見ているつもりだから、勇気を出して試してほしかった。


「最初だから、クロムが一番自信のある料理で試してみましょう。ドレッシングでもスープでも、何でもいいわ。何が良い?」

「やるのは決定なんですね」

「もちろんよ。カークの体調はだいぶ整ってきたもの。国に帰った後、いきなり料理を任されてもクロムも困るでしょう?」

「そうですけど……やっぱりラクリス様は、キャメリオットには来て下さらないのですか? 僕、これからもずっと、ラクリス様に師匠を支えて頂きたいんです」


 クロムは私より少しだけ背が低い。可愛らしい顔立ちのクロムが目を潤ませて見上げてくると、ついつい何でも頼みを聞いてあげたくなってしまう。

 けれど、さすがにこればかりは応えられなかった。


「ごめんね。私、お城で料理なんてしたくないのよ。それにほら、家族もいるから」

「ご家族……そうですよね。分かりました」


 渋々ながらも、クロムはどうにか頷いてくれた。クロムは少し考えてから、カークが吐いて倒れたあの日、失敗したスープに再挑戦したいと話した。


 きっと怖いだろうに、わざわざあのスープにするなんてと思うけれど、あれから何度かカークに食べてもらっているからレシピには問題ない。クロムも各工程を一通りやっているし、嫌な記憶を上書きしたいのかもしれない。

 間違いのないように、しっかり隣で見ていようと私も気持ちを新たにした。


 そうしてその日の昼は、クロムの作ったスープを出した。カークには、特に何も話していない。

 だってもし「ラクリスの料理じゃなきゃ嫌だ」なんていう我が儘が原因だったら困るから。それをクロムに言ったら、さすがにそれはないと言われたけれど、念のためにね。


「今日も美味しそうだね。頂こうか」


 カークは嬉しそうに食卓を眺めて、クロムと共に水の神アキュルベータに祈りを捧げる。私は一人、豊穣の女神ルギアリアに食前の祈りを捧げた。

 いつも通りの食事風景の中、私とクロムだけが密かに緊張しつつカークの動きを見守る。カークはサラダを美味しそうに食べると、続けてそっとスープを口にした。


「……っ!」

「カーク!」

「師匠⁉︎ なんで……⁉︎」


 スープを一口飲み込んだ瞬間、カークは胸を押さえて苦しみ出した。

 作り方も材料も、何も間違いなんてない。ただ作り手が、私ではなくクロムだっただけだ。なぜこうなったのか全く分からないけれど、それを考えている場合ではない。


「クロム、お医者様を!」

「は、はい!」


 愕然としているクロムに声をかけると、クロムは慌てて家を出て行った。私は一人、カークの背をさする。

 カークは痛みを堪えるように呻き、呼吸も浅く手足が冷たく震えている。まるで全身で拒絶しているようだ。これは一度、吐かせた方がいいかもしれない。


「カーク、吐いてください!」


 背中を丸めて苦しんでいるカークの背を数回強く叩くと、カークは胃の中身を全て吐き出した。カークの顔は真っ青だけれど、体力が付いてきていたからか意識を失う事はなかった。


「……ラク、リス。ありがと……」

「横になりましょう。クロムがお医者様を呼びに行ってますから」


 自力で立ち上がったカークを支えて、寝室のベッドへ寝かせる。水を飲みたいとカークが言うから、少し心配ではあったけれど水瓶から水を汲んで渡した。


「ありがとう。少し楽になったよ」

「カーク……」

「先生が来るまで、少し休むね」

「ええ。片付けたらすぐ来ますから。何かあったら呼んでくださいね」

「うん、ありがとう。ラクリスがいてくれて良かった」


 力無いカークの微笑みに胸が痛む。いったいなぜ、カークは吐いたのだろうか。

 混乱する頭を落ち着けながら、どうにか片付けを終えて。寝室に戻ると、眠るカークの顔色はだいぶ戻ってきていた。


「カーク……あなたの病って、いったい何なの?」


 何も作り方は変わらないのに、クロムが作るとあれほど苦しんで、私が作ると平気だなんて意味が分からない。

 それでも今はただ、元気になってほしいから。クロムが医師を連れてくるまで、私は眠るカークの手を握り回復を祈り続けた。

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