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22:お祭りの約束

 カークの家からダンの畑までは結構な距離があるけれど、きちんとした食事の成果なのか、カークはしっかりした足取りで歩いた。


「カーク、辛かったら言ってくださいね。途中で休憩してもいいんですから」

「ありがとう。でも大丈夫だよ。これもラクリスのおかげだね」

「今まで通うのは辛くなかったんですか?」

「辛くなかったとは言えないかな。でも動かないと、もっと動けなくなりそうで怖くてね。片道だけでも歩きたかったから頑張ってたよ」


 これまでカークは、畑に行く時は一人で歩いたけれど、帰りはクロムと馬に迎えに来てもらっていたそうだ。クロムが手綱を引けば寝ていても馬が運んでくれるから、という事らしい。

 そこまで無理して行き来していたなんて……。


「でもクロムも水を出せますし、カークが無理してやらなくても良かったのでは?」

「広範囲への散水は、まだクロムは出来ないんだ。オレも体がこうなってから細かい操作が難しくなってるけど、それでもオレがやった方が早いから」


 カークの水魔法は、体調不良と共に不安定になっているそうだけれど、そもそも畑は水不足だ。撒く水の量が多少偏っても問題ないから、感覚を忘れないためにもカーク自身が手伝っていたらしい。

 私が使っていた聖女の力は熱心に祈るだけだったから、細かな動かし方がどうとか技術的な問題なんて何一つなかったけれど、水魔法はなかなか奥が深いようだ。どちらも守護神から授かる加護の力とはいえ、ずいぶん違うみたい。


 とはいえ、カークはいくら何でも無理をしすぎだと思う。


「カークはもっと休んだ方がいいと思いますよ。今までのようにしていては、治るものも治りません」

「大丈夫だよ。ラクリスの料理で元気になるから」

「食べた上で休まないといけないんですよ」

「うん、ありがとう」


 カークは柔らかく微笑んだけれど、本当に分かっているのかしら。心配になってしまう。


 そうしてお喋りをしながら森を抜け、道を辿っていくと、やがてキャベツ畑が見えてきた。

 ほんの数日見ていなかっただけなのに、どことなく畑全体の緑が濃くなっている気がする。近づいてみれば、小ぶりだったキャベツがすくすく大きくなっているのがよく分かった。


「カーク、久しぶりだな! 体はどうだ?」

「ダン、この前はありがとう。おかげでだいぶ良くなったよ」


 畑の真ん中あたりで作業をしていたダンが、カークの姿を見ると安心したように笑った。


「俺に礼なんかいらねえよ。お前さんが元気になったのは、お嬢さんのおかげだろうが」

「否定はしないよ。ラクリスの料理がなかったら、こんなに動けなかったと思う」

「惚気てんなぁ。それで今日はデートなわけか? こんな畑じゃなく、もっと良いところに連れて行ってやれよ」


 私が口を挟む暇もなく、カークとダンはポンポンと言葉を交わしていく。こんなに元気に話すカークは初めて見た気がして、呆気に取られて聞き入ってしまう。

 茶化すように言ったダンに、カークは微笑んだ。


「ラクリスがここに来たいと言ったんだ。井戸が気になるって」

「ああ、何度も来てくれたもんな。こっちにあるんだ。見ていけよ」


 ダンの畑に新しく出来た井戸は、元からあった井戸から畑の反対側に位置していた。この短期間で作ったとは思えないほど深く、しっかりした造りの井戸を覗けば、煌めく水面が見えた。


「ちゃんと水がありますね」

「ここの所雨が続いてるからな。前の井戸も水量が戻ってきたんだ。だがまあ、またこうなって困るのも嫌だからな。井戸は予定通り増やすつもりだよ」


 水不足は解消されつつあるみたいだけれど、畑を休んでいた人たちがすぐに畑を再開する事はないみたい。今のうちに井戸を増やしてから、また畑を始めようと考えているそうだ。


「それでもみんな、収穫祭には何かしら出せるように再開するみたいだがな」


 ガハハと嬉しそうに笑うダンの言葉に、私とカークは顔を見合わせた。


「収穫祭?」

「この村でやるんですか?」

「ああ、あんたらは知らないよな。秋に隣町で祭りがあるんだよ」


 祭りが行われる隣町は、先日カークを診てくれた医師の住む町だった。

 収穫祭は一年で最も大きなお祭りで、近隣の村々から多くの人が集まるらしい。様々な作物や、村では普段見かけない可愛らしい小物や雑貨類のお店も出るのだそうだ。


「馬車で半刻、馬なら四半刻で行けるからな。カークは無理かもしれないが、お嬢さんなんかは行ったらいいんじゃないか? ここらの若い者はみんな祭りに行くんだよ。良い出会いがあるかもしれないぜ?」


 ダンは揶揄うように言ったけれど、私は何と答えていいか分からない。出会いと言われても……まだそういう気持ちにはなれないから。

 するとカークが、不安げに瞳を揺らした。


「ラクリスは行きたかったりする?」

「どんなお祭りか気にはなりますが、一人で行きたいとは思いませんね」

「そうか……」


 正直に答えると、カークは何かを考えるように目を伏せ、ふわりと微笑んだ。


「それなら、一緒に行こうか」

「え?」

「この調子でいけば、きっと秋頃にはもっと動けるようになると思うんだ。オレ、頑張るからさ。元気になったら一緒に行ってくれないかな」


 カークが急にやる気になってる。応援したいけれど、あまり無理はしないでほしい。


「頑張らなくていいですよ。カークには休養が必要だってさっきも話したでしょう?」

「もちろん無理はしないよ。だからラクリス、一緒に行ってくれる?」

「……元気になったらいいですよ」

「ありがとう」


 お祭りによほど行きたかったのか、カークは嬉しそうに笑った。その笑みが、あまりに素敵だったから。また笑顔を見られるように、私も元気になれる料理をもっと作ってあげたいなと心の底から思った。

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