21:師匠と弟子と料理人
思いがけず住み込み料理人となった私は、その日のうちにカークの小屋へ寝床を移した。
料理人の仕事は、思っていたより難しくない。というのも、私は本当に作るだけで終わってしまうからだ。
「ごちそうさまでした! ラクリス様は、ゆっくりお休みくださいね」
三人で食事を終えると、クロムがあっという間に皿を洗ってしまう。その方法は豪快で、カークがキャベツを洗った時のように、魔法で作った水球に汚れた食器をどんどん突っ込んでいくのだ。なぜそうなるのか分からないけれど、汚れは水球の端に集められ、水自体は汚れる事なく皿だけ綺麗になっていくから面白い。
そして水から出した食器類は、なぜか拭く必要もないぐらいさらっとしている。どうして水がつかないのかと聞いたら、皿に水が残らないように操っているからだと言われた。
意味が分からないけれど、水魔法はすごいというのはよく分かった。
同じように家の掃除も箒と水魔法でクロムはどんどん済ませてしまう。ただクロムはまだ修行中なため、表面に付いている汚れは取れるけれど、布地の細かな隙間に入り込んだ汚れは取れないそうで。まだ洗濯は、手洗いするしかないのだと話した。
「じゃあカークは洗濯も水魔法で出来るんですか?」
「うん。今は無理だけど、元気だった時は出来たよ。食器と同じように、洗って乾かすまで一気にやるんだ。水魔法師は洗濯出来たら一人前って言われるんだよ」
洗濯出来たら一人前……水魔法師って、家事使用人なのかしら。ちょっと理解出来ない。
それにしても、それならどうしてカークはこの前、洗濯の仕方を知らなかったのだろう?
「カークもこうやって修行したんですよね?」
「いや。住み込みの弟子はやるみたいだけど、オレは城で師匠から教わっただけだから。魔法の練習ではやったけど、自分の手で洗濯や掃除をした事はないんだよね」
どうやら師弟関係にも色々あるらしい。でも確かに、王子様が皿を洗ったり洗濯物を手洗いしているのは想像つかないかも。
そんな便利な水魔法だけれど、得意不得意もあるそうで。一番の欠点は、美味しくない事なのだとか。
だから料理に使うお水は、朝一番に森から湧き水を汲んでくる必要があるのだけれど、これもクロムがやってしまう。
私より体は小さいのにさすが男の子というべきか、クロムは力があって。大桶になみなみと水を汲んで運ぶから、あっという間に水瓶も満杯になる。
というわけで私は、本当に料理を作るだけの人となった。
「いい匂いだね。ラクリス、今朝は何?」
「マッシュポテトのキャベツロールスープですよ」
「どんな味かな。名前だけで美味しそうだ」
カークのために作る料理は、キャベツを主食にして少しずつ様々な食材を混ぜるようにしている。肉はスープの味出しに使う程度で、カークに固形肉は出さない。使う食材のほとんどは、胃に優しいと言われているものばかりだ。
それでもカークは毎食美味しそうに食べてくれるし、こうして楽しみにしてくれると作りがいもあるというものだ。
「昨日も雨が降ったみたいだね」
住み込みを初めて三回目の朝。食後のお茶を飲みながら、カークは窓の外を眺めて言った。カークが吐いて倒れたあの日から、また雨が夜毎降るようになったのだ。
それはちょうど私がお祈りをした日と重なっているから、私は縁起を担いで毎晩欠かさずお祈りを続けている。関係あるわけがないけれど、こうしてまた雨が降ったのはとても嬉しい。
「これで水不足もなくなるでしょうか」
「そうかもね。どちらにせよダンの畑に新しい井戸は出来たみたいだし、一安心かな」
雨が降るからカークは畑に行かず、のんびり家で過ごしている。キャベツは他の食材と一緒に毎日クロムが買いに行くから、私もずっと家の中。
クロムに教えながら料理をしてカークに食べさせて、のんびりお茶をしつつお喋りして。この数日で、私はだいぶ二人と打ち解けられたと思う。
「井戸、出来ていたんですね」
「うん、昨日クロムが言ってたよ。今は次の井戸を作り始めてるらしい」
「キャベツはちゃんと育ってるでしょうか」
「久しぶりに見に行ってみようか。オレも気になってたし」
「大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫だよ。クロムはどうする?」
「僕は留守番してますから、お二人で行ってきてください! ラクリス様、師匠をお願いしますね」
「ええ、分かったわ」
この数日、家でゆっくり休んで食事もしっかりしたからか、カークの頬は少しずつふっくらし始めている。とは言っても、まだまだ細いのだけれどね。
それでも今こうして微笑まれると、さらに美人に磨きがかかったなとつくづく思った。
「ところでラクリス、そろそろその話し方変えない?」
「話し方ですか?」
「うん。前にも言ったよね、オレはラクリスと対等でいたいって。クロムに話すみたいに、オレとも話してほしいんだけど」
カークは度々、私にもっと気楽に話すように言ってくる。でも私は、カークに雇われている料理人だ。
仕事内容は本当に料理をするだけの簡単なものだし、部屋を借りてる上に食事も一緒に食べさせてもらってるから給金はいらないと話したのだけれど。仕事に対価は必要だと、カークは譲らなかったのだ。
「そう言われましても、カークは雇い主ですし」
「……そうか。壁を越えるのも難しいな」
「師匠、諦めるのは早いですよ。頑張ってください!」
苦笑したカークにクロムが無邪気な笑顔を浮かべる。こんな事でカークを応援されても困るけれど、クロムは師匠思いの良いお弟子さんよね。
そうして謎の声援を送るクロムに見送られて、私とカークは久しぶりに家を出た。二人並んで歩くのは初めてかもしれない。
何となく浮足立ちながら小さな水溜りを飛び越えて、私たちは久しぶりの畑を目指した。