20:同居ではなく住み込みで
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薬を飲んで落ち着いたからか、カークは早速空腹を訴えだし、私に料理を作るよう強請った。今朝吐いたばかりだというのに、食べて大丈夫なのだろうか?
不安に思いつつもキャベツをクタクタに煮たスープを作ると、カークはそれをペロリと平らげた。
「うん、やっぱりラクリスの料理なら大丈夫なんだよ。夜もお願い出来る?」
にっこり笑って言われたけれど、これだけでは安心出来ない。昨日だって昼と夜の二食を食べたけれど、今朝になって吐いたのだから。
「作りますけど心配なので……私も今夜はここに泊まってもいいですか?」
「もちろん。部屋が一つ余ってるから、それを使って構わないよ」
何かあった時、医師はクロムが連れて来るとしても、その間カークを一人になんてしておけない。
念には念を入れて確認するべく、私は泊まり込みで料理をしようと決めて。翌日の昼まで、キャベツをメインにした胃に優しい料理を作って、注意深くカークの様子を見守った。
すると驚いた事に、本当にカークは私の料理なら大丈夫なようで、吐く事も体調を崩す事も一切なかった。むしろ今までで一番、カークの顔色は良くなっている。
「ラクリス、もう分かったよね?」
「そうですね……」
吐いた原因がはっきり分からなかったし、治療法も見つかっていないから尚更、これ以上体に負荷をかけたくなくて尻込みしていたけれど。これはいよいよ覚悟を決めなくてはならないだろう。
私だって、カークには元気になってほしいのだから。
「私、カークの料理作り引き受けます」
「ありがとう、ラクリス!」
「でも、この村にいる間だけですからね。それに、クロムにしっかり作り方を覚えてもらいますから」
「それでも嬉しいよ。よろしくね」
よほど安心したのか、カークはホッとしたように笑った。こんなに喜ばれると、決めるのに躊躇してしまった事が申し訳なくなるけれど、心配だったのだから仕方ない。
心の中で言い訳しつつ、これからの事を考える。
カークの胃を考えれば、一度にたくさん食べるのではなく回数を多くして小まめに食べてもらった方がいいだろう。料理をクロムに教える必要もあるし、私は毎日ここに来なければいけない。急変した時に対応出来るようにするためにも、まずはカークの家のそばに私も家を借りた方がいい。
宿は引き払って、護衛のおじさんが戻ってきた時のために伝言をお願いして。それから父様たちにも説明出来るように、手紙を送る準備をしよう。
何より先にまずは家の確保だ。とりあえず村長を訪ねて、空き家がないか聞きに行こうかな……と、色々考えていたのだけれど。
「じゃあクロム、ラクリスと一緒に荷物を取りに行ってあげて」
「はい! もちろんです!」
「え、待って。荷物って?」
カークに言われて「さあ行きましょう」と、私を外へ連れ出そうとしたクロムを引き止める。
するとカークが、不思議そうに首を傾げた。
「昨日うちに泊まったけど、ラクリスは女の子だから、まだまだ荷物はいっぱいあるよね?」
「いっぱい?」
「ラクリスの宿にだよ。一人で運ぶのは大変だろうから」
ん? んん? 宿から荷物を運ぶ?
「ええと……どこに運ぶんです?」
「ラクリスの部屋にだよ」
カークは当たり前だという顔で、私が昨夜間借りした部屋を指差した。
えっと……それって、まさか?
「もしかして、あそこに泊まれと?」
「泊まるというか、このまま住めばいいよ。その方が帰りの心配もないし」
住む。私が、この家に。
思ってもいなかった言葉に、軽く目眩がした。
「いや、待って。待ってください。さすがに男の人の家に住むのは」
「どうして? クロムもいるし昨日も泊まったし、何も問題ないと思ったけど。それとも、あの部屋は気に入らなかった?」
「そういうわけではない、です、けれど……」
ああ、そうだ。私、昨日泊まったんだ。カークの体調しか気にしていなかったけれど、確かに泊まった。つまり、ここで気にするのは今更というわけで。
「……恥ずかしい」
二人きりではないとはいえ、男の人の家に平気で泊まってしまった事実に羞恥でいっぱいになる。何てはしたない事をしてしまったのだろう。
でもここで押し負けたら、それこそ問題だ。だって同居になるなんて……。
熱くなった頬が気になりつつ、どうにか断ろうとした、その時。
「ラクリス様。住み込み、そんなに嫌ですか?」
困ったようなクロムの言葉に、ハッとした。
そう、これは同居ではなくて住み込みなのだ。だって私は、女の子としてここにいるのではなく、料理人としているのだから。
一人で勘違いして恥ずかしがってしまった事に、また羞恥が込み上がって。乱れた心をどうにか誤魔化したくて、思い切り頭を下げた。
「ううん、大丈夫! カーク、住み込みの料理人として、これからよろしくお願いします!」
「う、うん。よろしくね」
「じゃあ、荷物を取ってきますね!」
勢いよく言ったからか、カークが気圧されたように返事をしたけれど、それを気にしてる余裕はない。カークの顔を直視出来ずに、私は急いで小屋を出た。
クロムが馬を出すから待ってと叫んでいるけれど、どうせ私は乗れないのだから、少しぐらい先に行ってもいいだろう。赤くなってるだろう顔を見せたくなくて、私は振り向かずに宿へ走った。