2:城から追い出されました
私は商人の家族と共に六歳の頃に王都へ移り住んだのだけれど、聖女だと言われて城へ問答無用で連れてこられた。それから十年、私は城から出る事を許されなかった。
家族と引き離され突然課された聖石への祈りと淑女教育に追われる日々に、幼い私は森の中で隠れて泣いた。この畑は、そんな私のために大神官様が作って下さった息抜きの場所だ。私が去れば、世話する者のいないこの畑もいずれ枯れるだろう。
この小さな畑は私を支えてくれた場所だから、一抹の寂しさを感じるけれど。私はこれからまた家族の元へ帰れるんだと思えば、気持ちは少し上向いた。
もうすぐ食べ頃になるはずだった野菜たちを眺めつつ、さようならと心の中で呟く。
「まあ、こんな所に畑を作っていたなんて。さすがは田舎者ね」
不意に背後から響いた声に振り向けば、そこにはオルカがいた。
「オルカ……どうして?」
「あなたが部屋に向かわなかったと聞いて、どこに逃げる気なのか心配になったのよ」
「逃げる? 私が?」
「そのローブは聖女のものよ。返さずに持ち逃げしようだなんて、卑しい人ね」
確かに私が着ているローブは、神殿から支給されているものだ。でもこれ以外、私の服なんてない。
「裸で出て行けとでも言う気なの?」
「まさか。あなたに似合いの服を用意してあるわよ。だからさっさと脱ぎなさい」
オルカの連れていた侍女が、布の包みを私の足元に放り投げた。中身は下働きの使用人のお仕着せのようだけれど、擦り切れていたり汚れも残ってたりで、ボロボロだった。
「どうしてここまで」
「言ったでしょう? あなたにはそれがお似合いだからよ。自分の立場をしっかりと弁えることね」
悔しくて悔しくて堪らないけれど、オルカも侍女も私をこのまま帰してはくれないだろう。私が静かにローブを脱ぐと、侍女が奪うように私の手からローブを取り去った。
そもそも私は、この城にも殿下にも未練なんてない。聖女の立場も殿下の婚約者も、仕方ないと受け入れるしかなかった事だ。だから追い出されても、この十年間は何だったのかと虚しく思うだけだ。
むしろこんな事になるなら、最初からオルカが聖女だったら良かったとさえ思う。オルカが殿下に想いを寄せているのは私も知っていたからだ。そうすれば私は十年も無駄にしなかったし、こんな扱いを受けて悔しさを抱える必要もなかった。
最後はこんな事になってしまったけれど、オルカがいたからこの十年を耐えられたのは事実。だから出来るなら、殿下と結ばれるという彼女の願いが叶う事を心から祝って去りたかった。
もうそれは、叶わないけれど。
「さて、これで終わりね。この目障りな畑もさっさと潰してしまいましょう。聖なる森に相応しくないわ」
「はい、オルカ様」
私がお仕着せに着替える間に、オルカは笑いながら去って行った。どうやら自然に枯れる前に、この畑は終わってしまうみたいだ。
畑に残る野菜たちには何の罪もないけれど、私に出来る事は何もない。「みんな、ごめんね」と呟くと、頑張れと言うように野菜たちが葉を揺らしたから。滲んだ涙を拭い「ありがとう」と微笑んで、私は歩き出した。