19:キャベツ王子の正体
「クロム、勝手に明かしてはいけないよ」
「あっ! すみません!」
「まあ、ラクリスには近いうちに話すつもりだったからいいけどね。次からは気をつけなさい」
どうやらカークが王子だという事は秘密だったようだ。ダンが気負わずに話していたのも、お忍びだったからなのだろうか。でも診察してくれた医師はかなり丁寧だったから、カークの身分を知っていたのかもしれない。
そこまで考えた所で、私はハッとして跪いた。
「王子殿下とは知らず失礼しました!」
本物の王子相手に料理を無理やり食べさせるなんて、私は何という事をしたのだろうか。私のせいではないと言われたけれど、吐いた原因は私が渡したレシピだ。もしここでカークが死んでいたら、外交問題に発展していただろう。
私が罰せられるだけならまだしも、国同士の火種にしてはならないと思った。
「ラクリス、それはやめてくれ。オレは王子としてここにいるんじゃないから」
「ですが……」
「今まで通り、カークと気軽に呼んで話してほしい。君とは対等に話したいんだ。頼むよ」
「カーク……分かりました」
本当にこのままでいいのかと不安になるけれど、カークが望むのだから、そうした方がいいだろう。
渋々ながらも頷きを返すと、カークはホッとした様子で微笑んだ。
「少し、オレの話を聞いてくれるかな」
カークは私を椅子に座らせると、改めて自身の事について話してくれた。
カークはラスキュリオ王国の第四王子だそうだ。淑女教育で覚えた隣国の王族を思い返してみると、確かに隣国にはカークレイという名の末王子がいたと思う。カークという名前は、お忍び用にしているのだろう。
「うちは兄弟が多いけれど仲はいいんだ。一番上の兄が王太子になっていて、みんなで兄を支えようと決めている。それでオレは加護持ちでもあったから、魔法師として働いていたんだ」
十歳を過ぎた頃から、カークは水魔法を使って国のために色々と働いていたらしい。クロムを弟子にしたのは三年前。魔法師の仕事の最中に、たまたま保護したクロムが加護持ちだと分かったため、そのまま弟子にしたのだとか。
「でも半年前に、急にキャベツしか食べられなくなって。治療法も分からないから、とりあえず療養するためにこの村に来たんだよ」
幸いな事に、ハーウィル王国とキャメリオット王国の関係は良好なものだ。カークがこの村で療養する事も、ハーウィル王家からきちんと許可を得ているらしい。
先程カークを診察してくれた医師は隣町に住んでいるのだけれど、カークの主治医の友人だったそうで。信頼出来る医師が近くにいるならと、カークのご家族、つまりキャメリオット王家の方々は安心してカークを送り出したそうだ。
療養に当たり基本はお忍びで行動してるため、カークが王子だと知っているのは、村長と隣町の医師だけらしい。カークとクロムは水魔法で自衛出来るから、護衛も付けていないんだそうだ。
それにしても、療養?
「療養って、キャベツを食べることがそれなんですか?」
「いや。この村には雪キャベツを育てるための温泉があるだろう? その温泉が万病に効くという噂も聞いたんだ。『西に好転の兆しあり』とお告げもあったしね」
カークの体に異変が起きた半年前は真冬の時期で、普通のキャベツは採れない。でもたまたま、雪キャベツという冬でも育つ珍しいキャベツが王宮に献上されていて、カークはそれを食べたそうだ。
そしてこの雪キャベツが、この村の特産品だった。雪キャベツは名前の通り雪の降る時期にしか育たないけれど、この村のキャベツなら別の品種でも美味しかったらしい。
極め付けは、水の神アキュルベータの神託だ。何も食べられず死にかけだったカークが雪キャベツを試したのも、元はこの神託があったかららしい。
美味しいキャベツと万病に効く温泉があるならと、ここを療養地に決めたそうだ。
「温泉なんてあったんですね」
感心して呟くと、カークは悲しげに頭を振った。
「それが、ないんだよね」
両国の調整を終えてようやくカークがこの村に来た時、水不足の影響なのか温泉は枯れてしまっていたそうだ。カークの体は長旅に耐えられないから、今更国に戻るのも難しい。それで仕方なく、ここでキャベツを食べて凌いでいたらしい。
……何て不運なんだろう。
「それは……大変でしたね」
「うん、そうなんだ。だからね、ラクリス。頼むから、オレに料理を作ってくれないかな」
「え……」
いったいどうしてそうなるのか。戸惑う私を、カークは縋るような目で見つめてきた。
「ラクリスの料理は大丈夫だったんだ。だから、クロムじゃなくて君に作って欲しい」
「いえ、でも」
「このままじゃ夏を越せないかもしれないって、薄々感じてはいたんだ。治療法が見つかるまでどのぐらい時間がかかるか分からないけれど、ラクリスの料理があればオレは生きていける。体力が付けば、国にだって戻れるかもしれない。だから、頼むよ」
カークを見捨てる事は出来ないけれど、そもそも本当に私の料理なら大丈夫なのだろうか? クロムが本当に何か作り方を間違えたの?
それにカークのために料理を作るとなったら、いずれ王宮勤めの料理人になるのだろう。でもカークには悪いけれど、私は正直お城や王族というものにもう関わりたくない。そもそも私は、この村でもう少しのんびり過ごすつもりだったのだ。
水不足も気になるし、すぐに頷く事なんて出来なかった。
「あの……力になりたいとは思いますが、ちゃんと確かめてから考えてもいいですか」
「もちろん、それでいいよ。よろしくね」
水不足が解消すれば温泉もまた湧くかもしれない。もし本当に私の料理でなければカークが食べられないとしても、万病に効くというその温泉でカークが治れば、私は隣国に行かなくて済む。
とりあえず数日試して様子を見て、それで大丈夫そうなら、この村にいる間だけカークの料理人になればいい。
そんな事を思いつつ提案すると、カークは嬉しそうに笑った。