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17:キャベツ王子の事情

 カークに手料理を食べてもらった翌朝、空は綺麗に晴れていた。地面に雨の跡はないから、夜も雨は降らなかったようだ。


「カーク、畑に来るかな。……って、私ったら何を」


 水不足の村を思えば残念に思うべきなのに、なぜか先にカークの顔が頭に浮かんでしまった。浮足立つ自分の心に、罪悪感が募る。


 昨日、辛かった事を話して受け止めてもらったからなのか。それとも、友人といえる相手と出会えたから人恋しくなってしまったのか。

 どちらにせよ、村のためを思えばこんな気持ちでいるのは良くない。昨夜はお祈りをしなかったけれど、自分の心をしっかり保つためにも、今夜からはお祈りを欠かさずにしようと決めた。


「ダン、おはようございます」

「おはよう、お嬢さん。今日も来たのか」

「ええ、井戸が気になって。キャベツはどうですか?」

「一度雨があったからか、少し元気が出た気がするな。雨は空から来るが、あれにも大地の恵みはあるのか?」

「川や井戸水よりは少ないと思いますが、カークの水よりはあるはずですよ。土埃と一緒に風に運ばれた大地の恵みが、雨に混ざって地に戻るそうなので」

「へえ、そうなのか。お嬢さんは本当に物知りだな」


 昨日と同じくキャベツ畑に行くと、ダンが元気よく挨拶を返してくれた。けれど見える範囲にカークの姿はなかった。


「ところで、カークは来ていないんですか?」

「そうなんだよ。昨日、キャベツは届けてくれたんだろう? あいつ、風邪とか引いてなかったか?」

「いえ、昨日は元気にしていましたよ。お弟子さんがいなかったので私がお昼を用意したのですが、それも綺麗に食べてくれましたし」

「お昼を用意って、あのカークがキャベツ以外も食べたのか⁉︎」

「はい。最初は嫌がってましたけれど、食べてくれました」

「なるほどなぁ。弟子の料理は食べないってのに、お嬢さんの手料理は食べたわけか」


 こんなに感心されるほど、カークの好き嫌いは酷かったのだと改めて思う。

 私が苦笑を浮かべていると、愉快げに笑っていたダンは揶揄うように言葉を継いだ。


「それならあいつ、今朝は腹が減って来れないんじゃないか?」

「いえ、レシピなら渡してきましたから」

「そうじゃねえと思うんだよなぁ、俺は」


 ダンは一人で頷いているけれど、どういう意味かしら?

 私は問いかけようとしたのだけれど……。


「ダンさん!」

「クロム、どうした?」

「クロム?」


 馬の嘶きと共に響いた声に、ダンと私は振り向いた。たぶん十二、三歳ぐらいだろう、声変わりをしていない黒髪の少年が馬を降り、慌てた様子で駆けてきた。

 息を切らしてやって来た少年は、切羽詰まった表情で汗も滲ませているけれど、場違いにも見惚れてしまうほど、とても整った顔をしていて可愛らしかった。

 それにしてもクロムって、まさか……?


「ダンさん、先生を呼んで!」

「あいつに何かあったのか⁉︎」

「し、師匠が、吐いて倒れたんだ!」

「分かった、すぐに連れて行く。馬を借りるぞ」

「お願いします!」


 ホッとしたのか、少年は息を整えながらも涙をポロポロと流していた。腕で涙を拭う少年に、私はハンカチを差し出した。


「これ、使って」

「あ、ありがとう」

「ねえ。あなた、クロムっていうの?」

「うん、僕は……」


 クロムという名前らしい少年は、ハンカチで涙を拭うとハッとした様子で私を見上げた。


「あ、あの! もしかしてラクリス様ですか⁉︎ キャベツの先生の!」

「ええと……先生ではないけれど、私がラクリスよ。あなたはカークのお弟子さんのクロム?」

「そうです! 僕、ぼく……!」


 再び涙を流し始めたクロムの背を、私はそっと撫でた。


「カークが倒れたのね?」

「は、はいっ!」

「じゃあ、早く戻りましょう。私も行くわ。だから、落ち着いて」

「あ、あり、ありがとうございます!」


 カークの事が心配でたまらないけれど、私まで取り乱すわけにはいかない。クロムが泣き止むのを待って、私たちは走り出した。


 脚力には自信があったけれど、年下とはいえ男の子だからかクロムは私より速い。私に合わせてクロムはゆっくり目に走りながら、カークが倒れた状況を話してくれた。

 カークは、クロムが用意した朝食を食べた途端、吐いて倒れたそうだ。


「ラクリス様のレシピ通りに作ったつもりだったんですけど、きっと僕、何か間違えたんです。僕のせいで、師匠が……!」


 鼻を啜るクロムを慰めてあげたいけれど、私は走るのに精一杯だから喋る余裕がない。

 けれど、たとえレシピを間違えたとしても、たった一口で吐いて倒れるなんて考えられない。クロムの話だと意識も失ってるそうだし、好き嫌いだとも思えない。もしかしたらカークは、何か病気に罹っているのかもしれない。

 不安を抱きつつも、私は必死に足を動かした。


「師匠! ただいま帰りました!」


 バタンと大きな音を立てて、クロムは小屋の扉を開いた。テーブルの上には朝食の皿が並んだままで、恐らくカークが倒れたきっかけだったのだろうスープの皿が中身ごと床に落ちている。

 私が息を整えている間にも、クロムは奥の寝室へ駆け込んでいく。すると背後で馬の嘶きが響いた。


「失礼するよ」


 たぶん医師なのだろう、大きな鞄を持った初老の男性が真っ直ぐに寝室へ向かう。

 遅れて入ってきたダンに心配されつつも、私もその後に続いた。


「先生、師匠は大丈夫ですか⁉︎」


 カークは細いから、クロムでも運べたのだろう。ベッドの上に寝かされていた。青白い顔で意識のないカークを、医師は手際良く診察して頷いた。


「ああ、大丈夫だ。胃もたれだな」


 えっ⁉︎ 胃もたれ⁉︎

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