15:隣国への勧誘
「あのさ、ラクリス。ラクリスはどうしてこの村に来たの?」
「え?」
「王都から来たんだよね? この村って旅行に来るような場所でもないと思うけど、ご家族と来てるの?」
突然どうしたのだろう。カークの問いを不思議に思いつつも、私は正直に答えた。
「いえ、この村にいるのは私だけです」
「えっ⁉︎ 女の子なのに一人で旅してきたの⁉︎」
「それは違います。ここまでは護衛の方に連れてきてもらったんですよ。ただ……」
「ただ?」
棒占いの事は話さない方がいいだろう。説明するのも難しいし、せっかく仲良くなったのに変人だと思われたくない。
私は当たり障りのない理由を口にした。
「私、ハーウィルの色んな所を見て回ってたんです。それでこの村が気に入ったので、しばらく滞在しようと思って。護衛の方には家族に手紙を届けてもらうよう頼んだので、今は私一人なんです」
「へえ、そうなんだ。じゃあ旅は長いんだね。護衛が付いてたとはいえ、ご家族は心配しなかったの?」
「心配はされました。ただ私が王都にいるよりはいいだろうって」
「王都にいるよりはって、何かあったの?」
珍しくグイグイ来るカークに、何と答えたらいいのかと迷ってしまう。カークはハッとした様子で、眉尻を下げた。
「ごめん。言いたくないなら言わなくていいんだ」
「いえ、そういうわけじゃないんです。その……」
カークが引き下がってくれたのだから、私がこれ以上答える必要はないはずだ。
けれどカークは、城を追い出された今の私にとって、個人的に近い距離で話せる唯一の人とも言える。昨日会ったばかりなのにおかしいかもしれないけれど、家族や使用人とも違う、友達のような気持ちでいられるのだ。
だからだろうか。自然と私は口を開いていた。
「実は私、婚約者がいたんです。でもその人を、友達に奪われてしまって」
カークは優しい。私のお節介を受け入れてくれたし、水不足で困っているダンも助けた。だからきっと、ほんの少し甘えたくなってしまったのだと思う。
聖女の力の事は言えないし、婚約者が王太子だった事も話せないけれど。言える範囲で、私はカークに王都を出た理由を話した。
「半年後には婚約発表か。それは……見たくないね」
「ええ」
案の定、カークは親身に私の話を聞いてくれた。でも変に同情するでもなく、一頻り話し終えた私にカークは微笑んだ。
「それならさ、キャメリオットに来ない?」
「え?」
「ラクリスの料理、すごく美味しかった。あれならオレも食べられる。良かったらこれからも、オレのために作ってほしいんだ」
うっかりするとプロポーズかと思ってしまうような言葉に驚いたけれど、要は料理人として働かないかというお誘いだろう。
そんなに私の料理を気に入ってくれたのかと嬉しくなるけれど、本業の料理人に比べたら私の腕なんて大した事はない。レシピさえあれば、弟子のクロムだって同じ物を用意できるはずだ。
それに、棒占いの事もある。カークがいつ国へ帰るのかは知らないけれど、私はしばらくこの村に留まるつもりだ。御者で護衛のおじさんが戻ってくるまで、移動も出来ない。
だから私は、カークの誘いを丁重に断った。
「お誘いは嬉しいのですが、ごめんなさい。私は料理人じゃないんです。レシピなら差し上げますから、クロムやお国の料理人に頼んでください」
「いや、あの」
「それに私、この村でもう少しのんびり暮らしてみたいんですよ。だから、気持ちだけ受け取っておきますね」
微笑んで言うと、カークは残念そうに肩を落とした。
「そっか……。そうだよね。こんな急に言われても困るよね。ごめん」
「いえ。私の料理をこんなに気に入ってもらえて嬉しかったので、気にしないでください。むしろ、せっかく誘ってくれたのに、お断りしてごめんなさい」
「ラクリス……」
カークは顔を歪めて、何やらぶつぶつと呟いている。本当に料理が口に合ったんだろうな。ちゃんと同じ味に出来るように、しっかりレシピを残さなくては。
私は食器を片付けると、丁寧にレシピを書いた。クロムが帰宅したらすぐに食べられるように、夕食の支度ももちろん済ませる。
そうして一通り仕事を終えると、日暮れ前には宿に帰れるよう私は小屋を出た。
「本当に送らなくていいの?」
私を見送りに出たカークは、心配そうに問いかけてきた。今日一日で、カークとはずいぶん仲良くなれたと思う。
でもカークに送ってもらうなんて、もってのほかだ。せっかく色々食べられるようになったとはいえ、まだまだカークは細い。今日はゆっくり過ごして、体を労ってほしかった。
「ええ、大丈夫です。明日は畑に来ますか?」
「そのつもりだよ。井戸のことも気になるし」
「雨の時は無理しないでくださいね。風邪を引いたら大変ですし、キャベツなら届けに来ますから」
「それを言うならラクリスもだよ。明日はクロムもいるから、キャベツぐらいは取りに行かせる。雨が降ったら、ラクリスも宿で過ごしてね」
「はい。ありがとうございます」
私はカークに手を振って歩き出す。畑には雨が必要だけれど、雨が降ったらカークに会えない。何となくそれを寂しいなと思いながら、私は宿へ帰った。