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13:キャベツ王子に手料理を

 カークが今朝、畑に来なかったのは、やはり雨が降ったからだった。疲れが見えるカークをクロムが心配し、今日一日家で休んでいるよう懇願されたらしい。

 カークはお茶を飲み終えると、もう一眠りしてくると寝室に入っていった。その直前に「本当に頼んでいいのか」と聞かれたから、私はもちろん頷いた。


 どうやらクロムは雨が上がってすぐに出かけたようで、洗濯するつもりだったのだろう衣類が籠にまとめられている。カークはそれを洗ってやりたかったものの、どうしたらいいか分からず困っていたそうだ。

 カークも弟子時代があっただろうに、どうして洗濯が出来ないのか不思議だけれど、任せてもらえた事は嬉しかった。

 ……私がするのは、洗濯だけではないけれどね。


「これね、カークが言ってた沢って」


 洗濯物を手に小屋の裏手に出ると、森へ少し入った場所に小さな沢があった。枯れていないか心配だったけれど、雨の影響か、むしろ水量は増しているようだ。

 その沢を上流へ辿っていくと湧き水もあった。


「うん、美味しい。台所の水は、ここから運んでいたのね」


 木漏れ日の中、私は沢の水を使って洗濯を始める。聖女になってからはやっていなかったけれど、家族みんなで行商の旅をしていた頃は、よく兄と一緒に洗濯したものだ。

 森が作る木陰と冷たい沢のおかげで、暑さを感じる事なく一仕事を終える事が出来た。


 小屋の裏手に洗濯物を干すと、軽く家の中も掃除して。私はいよいよ、昼食の準備に取り掛かった。


 キャベツ以外も食べてほしいけれど、本当にカークがキャベツしか食べないのか、どこまでなら食べられるのかをまずは確かめたい。

 もしカークが食べられなかったとしても、クロムが夕食に食べてくれるだろう。台所には様々なハーブや野菜、干し肉などもあったのだから。


「ランチはキャベツのフルコースね」


 頭の中で献立を考えて調理を始める。城暮らしの間は基本的に城の料理人が作った品を食べていたけれど、実は時折自分で料理もしていた。畑で育てた野菜を、自分の手で美味しく調理したかったからだ。

 幸いな事に、昼食は聖神殿の一角で神官たちと共に取る事が多かったから、その際に我が儘を言わせてもらって厨房に立ち入っていた。

 出来上がった品は、昼食の一品としてみんなで食べた。今は亡き大神官様が美味しいと笑ってくれたのは良い思い出だ。


 行儀見習いとして城に上がり、私の話し相手兼学友となっていたオルカには、淑女らしくないと窘められたけれど。聖神殿には特別な行事がない限り、神官と聖女以外立ち入れない。

 だからオルカに隠れて畑仕事も出来たし、料理も出来たのだと思い返し、苦い物が胸に込み上げた。


「集中しなくちゃ。これはカークに作ってるんだから」


 趣味で畑をやっていたのと同じだけの期間、野菜料理も作ってきた。腕にはそれなりに自信がある。

 少しでも栄養を付けて元気になってほしいと思いながら、心を込めて調理を続けた。


「カーク、お昼ですよ。起きてください」

「ふぁ……もうそんな時間?」

「お湯、用意しておきましたから。ここに置いておきますね」


 またカークが裸で寝ていたら大変だ。同じ轍を踏まないように寝室の扉越しに声をかけ、お湯の入った桶と布を扉の前に置く。

 日頃クロムに身の回りの世話をさせているらしいけれど、体を拭くぐらいはさすがに一人で出来たみたいだ。少し心配したけれど、カークは身だしなみを整えて寝室から出てきてくれた。


「ありがとう、さっぱりしたよ」

「良かった。お昼ご飯、出来てますよ」

「お昼ご飯?」


 出来上がった料理は、すでにテーブルに並べてある。カークはそれを見て……頬を引きつらせた。


「……ラクリス、これは?」

「キャベツをメインにした料理です」


 キャベツのサラダには、オニオンをたっぷり使ったドレッシングを。スープにはキャベツだけでなくトマトなどの夏野菜もたっぷり入れて。メインはキャベツと干し肉を重ねて蒸して、レモンとハーブで風味付けしてある。

 パン代わりに小麦粉で作った生地を薄く焼いておいたから、それに包んで食べても美味しいはずだ。


「これ、ラクリスの分だよね?」

「私も頂いて良ければご一緒しますが、全部カークのために作ったものですよ」


 固まった顔で問われたから、正直に答えた。結構頑張ったつもりだけれど、カークは本当に生のキャベツしか食べないのだろうか。


「カーク。あなたがキャベツを好きなのはよく分かりましたが、それだけでは体が持ちません。ちゃんと食べてください」

「いや、でも……」

「どうしてもダメですか? 味見も?」


 強引かなとは思ったけれど、カークは席に着こうとしない。好き嫌いがこんなに激しいだなんて。これ以上は無理かな……。


「嫌なら、食べなくてもいいですよ。クロムが帰ったら、食べてもらってください。生のキャベツはまだたくさんありますから、持ってきますね」

「あ、いや……」


 少し残念に思いながらも引き下がると、カークは小さくため息を漏らした。


「……せっかく作ってくれたんだし、味見はするよ」

「本当ですか⁉︎」

「うん、本当。でも食べれるかは分からないから、期待はしないで」

「それで充分です!」


 一口でも食べてもらえればそれでいい。もしどれか少しでもカークの口に合えば、それだけで大きな一歩になる。

 期待を胸に席に着いた私の前で、カークは緊張した面持ちでゴクリと唾を飲んだ。

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