12:お詫びのしるし
誤字報告助かりました!ありがとうございます!
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか⁉︎」
上半身だけとはいえ男の人の裸なんて初めて見たから、ビックリして咄嗟に投げつけてしまったけれど、倒れ込んだカークを見てハッとした。
カークはただでさえ華奢なのだから、下手したら死なせてしまったかもしれないと怖くなる。
転がったキャベツを避けつつ慌てて駆け寄ると、意外にもカークはゆっくりと身を起こした。
「……うん、大丈夫。かなり効いたけど」
「良かった……。本当にごめんなさい」
「いや、オレこそごめん。寝起きだったから」
カークは目眩を堪えるように頭に手を当てつつも、私を安心させるように微笑みを浮かべていた。
こんなに優しい人になんて事をしてしまったのだろうと、申し訳なさが募る。
でも同時に、また素肌が目に入ってしまい、私は急いで後ろを向いた。
「あの、立てますか? 無理そうなら私、何か着る物を持ってきましょうか?」
「じゃあ、向こうの部屋に着替えがあるはずだから、持ってきてもらえる?」
「分かりました」
教えられた部屋は寝室のようで、ベッドが一台置かれていた。その傍らの椅子の上に、綺麗に畳まれた服が置かれている。
私は出来るだけカークの姿を見ないようにしつつ、その服を届けた。
「ありがとう」
「いえ。着替えが終わるまで外にいますね」
カークを置いて外に出て、玄関扉をパタリと閉めると、私はホッと息を吐いた。
あまり思い出すと恥ずかしくなるけれど、パッと見た感じ、カークの体に痣などは見当たらなかった。怪我をしていなくて、本当に良かったと安堵する。
ただ、カークの姿を思い出すと胸が痛んで仕方ない。カークの身体は、思っていた以上に細かった。華奢だとは思っていたけれど、まるで骨と皮だけといってもいいぐらい痩せ細っていて、肋骨まで浮いて見えていたのだ。
あんな体で夏を乗り切れるのだろうかと、心配になってしまう。
足元に転がったキャベツを拾いつつ考えを巡らせていると、着替えを終えたカークが扉を開いた。
「お待たせしてごめんね。キャベツを届けに来てくれたんだよね? どうぞ入って」
「すみません、お邪魔します」
私のせいで落ちてしまったキャベツは、幸いな事に潰れてはいなかった。汚れが付いてしまったけれど、洗って外側を一枚剥がせば充分食べられるだろう。
「台所をお借りしてもいいですか? 水って汲んであります?」
「あるはずだけど、何するの?」
「キャベツを洗おうかと」
「それなら気にしなくていいよ」
カークは私の手から拾ったキャベツを籠ごと取ると、水の球体を出してその中に丸ごと突っ込んだ。
「ほら、これで大丈夫」
まさかキャベツを洗うためだけに魔法を使うなんて……。驚いている私の目の前で、カークはキャベツの葉を一枚ちぎり、そのままかじった。
「うん、美味い」
「……カーク。まさかいつも、そうやって食べてるんですか?」
「うん? そうだけど何か問題ある?」
椅子に腰を下ろしムシャムシャと食べ続けるカークは、冗談を言ってるようには見えない。家の中でまで、こうやってそのまま食べているなんて……。
「せめて、サラダぐらいにはしましょうよ」
「君もクロムみたいなことを言うんだね」
「クロム?」
「オレの弟子。一緒に住んでるんだ」
ずいぶん綺麗に生活してるなと思っていたけれど、どうやらカークの一人暮らしではなかったようだ。
考えてみれば、魔法師はどこの国でも高い地位にあるから、カークが使用人の一人や二人を旅先に連れてきていてもおかしくなかった。
「弟子って、魔法師のですか?」
「そうだよ。他の国がどうかは知らないけど、キャメリオットには師弟制度があるから」
カークも国では多くの使用人に囲まれて暮らしていたけれど、旅先に何人も連れ歩くのは面倒だからと、弟子だけを連れてきたそうだ。普段はクロムという名のその弟子が、カークの身の回りの世話をしているらしい。
先ほど私が持ってきたカークの着替えも、クロムが用意してたんだとか。
「そのクロムは、今はどちらに?」
「国境の町まで出かけてるよ。おつかいを頼んだから」
カークは昨日、キャメリオット側で雨が降っているか尋ねる手紙を書いたそうで、クロムはそれを届ける手配をしに行ってるんだそうだ。
国境の町なら隣国へ向かう駅馬車があるから、早く届くと考えたからだそう。
「私が頼んだからですね。ごめんなさい」
「いや、オレもそろそろ連絡しないといけないなって思ってたから、ちょうど良かったんだ。それに馬で行かせたから、日暮れまでには帰ってくるはずだし」
日暮れまで……という事は、日中はクロムはいないのね。
「それなら、お詫びをさせてください」
「お詫び? 何の?」
「さっきキャベツをぶつけてしまいましたから、そのお詫びです。クロムの代わりに、私が今日一日あなたをお世話します」
「え……」
「まずはお茶でも淹れましょうか。台所、お借りしますね」
食べかけのキャベツを手にポカンとしているカークを置いて、私は勝手に台所に入り込む。茶葉はすぐに見つかり、水瓶に水もたっぷり入っていた。
私の好きにやらせてくれるんだろう、カークは追いかけてこないし咎める声も聞こえない。まずはさっき言った通り、お茶を淹れるべく湯を沸かす。
その間に私は、台所中を細かく見て回った。
私と同じような事を言ってたらしいクロム。それならきっとここには……。
「やっぱり。ちゃんと色々食材は揃ってるわね」
いくら何でも、キャベツだけの生活なんて絶対に良くない。お節介だとは思うけれど、私は少しでもカークに健康になってもらおうと袖をまくった。