11:キャベツ王子の借り住まい
朝になり目を覚ませば、夢だと思っていた雨音はまさかの本物だった。どうやら明け方まで雨は降っていたようで、窓から外を覗けば朝日と一緒に虹が見えた。
私の聖女の力はなくなってしまったから、昨日の祈りの成果だとは思わないけれど。こんな偶然もあるのかと、自然と頬が緩んだ。
「ダン、おはようございます」
「おはよう、お嬢さん。今日も来たのか」
「ええ、気になっていたので。雨、降りましたね」
「ああ、助かったよ。一晩だけでも降ってくれて」
支度を終えて昨日と同じようにキャベツ畑に向かうと、まだ早い時間だからかカークは来ていなかった。
けれど、畑の持ち主であるダンはもちろん来ていて。しっとりと濡れた土の上、残った雨露の滴るキャベツを眺め、嬉しそうに笑っていた。
「井戸掘りも早速始めるが時間がかかるからな。雨が降ってくれて良かったよ」
「どのぐらいかかるんですか?」
「村のみんなも手伝ってくれるから、五日って所だな」
ダンは昨日のうちに、井戸掘りの段取りをつけてきたそうだ。思った通りこの村はキャベツ栽培が盛んで、他にもキャベツ農家が何軒もあるらしい。
でもカークが水撒きを手伝えたのはダンの畑だけ。他の農家は井戸水を撒いていたけれど、水不足なため続けられず、育てていたキャベツは全て枯れてしまったそうだ。
そのため今は森で狩りをしたり、近隣の町で出稼ぎを始めたりした人もいたそうで。手は空いてるからと、井戸掘りをみんなが手伝ってくれる事になったようだ。
「もうダメになった畑もあるんですね」
「心配しなくても大丈夫だ。とりあえず雨は降ったから、きっとこれからまた降るようになる。井戸の数も増やせば、また水不足になっても続けられるようになるだろうしな。出稼ぎに行った奴らもすぐ戻ってくるさ」
ダンの畑そばに新しい井戸を掘ったら、その後は村中の井戸を増やす事になったんだとか。そんなに井戸ばかり掘っても、地中の水が減ってしまっては出なくなる気もするけれど……。
たった一晩とはいえ、雨は降った。この調子でまた雨が降るようになってくれれば、きっと大丈夫だろう。また降らなくなってしまったら……その時はやっぱり一度、山に異変がないか調べた方がいいのかもしれないけれど。
「それにしてもカークの奴、遅いな」
「いつもはもう来てるんですか?」
「ああ、朝一に水を撒きにな。今日は雨が降ったから、のんびりしてるんだろうが……。あいつ、腹減らしてるだろうからな。悪いがお嬢さん、これ届けてやってくれないか」
「私がですか?」
ダンは言いながら、慣れた手つきでキャベツを刈り取り、籠に入れていく。畑にあるのは小ぶりなキャベツばかりだけれど、どうやら少しでも大きめのものを選んで刈り取ってるみたいだ。
「俺はこの後、仕事があるからな。お嬢さんも忙しかったりするか?」
「いえ、暇ですが」
「なら頼む。カークの奴、キャベツしか食わないらしいんだよ」
「え……」
キャベツしか食べない⁉︎
好き嫌いがあるにしても、あまりにも極端すぎる話に唖然としてしまう。もしかしてキャベツしか食べてないから、あんなに体が細かったのかしら。
何かとすぐに倒れてしまうのも、栄養が足りてないからとか?
絶句している私に、ダンは苦笑しながらキャベツの籠を差し出した。
「あいつは、あっちの道を真っ直ぐ行った先にある森の小屋を借りて住んでるんだ。倒れてると困るからよ」
「それは困りますね。分かりました」
いくら何でもキャベツしか食べないなんて体に悪すぎる。昨日会ったばかりの私の話を聞くかは分からないけれど、どうせ行くならキャベツ以外も食べるように説得してみよう。
私は決意を胸に、籠を抱えて歩き出す。教えられた通りに歩いていくと、村はずれの森にたどり着いた。ならされた土の道は、真っ直ぐに森の中へ続いている。
カーク以外に村の人たちも行き来してるのだろう、森の中は適度に人の手が入れられていて、生い茂る葉から溢れる日の光が綺麗だった。
「だいぶ来たけれど、まだかしら。あのカークが歩いているなら、そう遠くないと思ったのに」
森の道に分岐はなく真っ直ぐ続いているから、道に迷ったわけではない。けれどなかなか小屋にたどり着けなくて、ほんの少し不安になった頃。ようやく前方に丸太小屋が見えてきた。
小屋に煙突はあるけれど、夏だからか、それとも調理をしないからなのか、煙は全く見えない。留守かと思うぐらいだけれど、一本道ですれ違ってないのだから、きっとカークはいるはずだ。
鳥の声しか聞こえない静かな森の中、分厚い木の扉を叩く。もし出て来ないようなら、倒れているかもしれないと心配してソワソワしていると、ギィと音を立ててゆっくり扉が開いた。
「ふぁ……なに、忘れ物? ……って、ラクリス⁉︎」
「きゃああああ!」
「ぐはっ!」
大あくびをしながら出てきたカークは、なぜか上半身裸で。私は思わず、抱えていた籠をキャベツごとカークに投げつけた。