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10:不作の解決法

「え、オレ……オレのせい?」


 しまった。言い方が悪かったみたい。愕然としたカークの顔色が真っ青になっていて、今にも気絶してしまいそう。


「ごめんなさい、言葉が足りませんでした。充分ではないというだけで、カークのせいではないです! カークの水がなければこの畑はもうとっくにダメになってたはずですから」

「本当に?」

「はい、本当です」

「そうか……少しは役立っていたのかな」


 良かった……。

 まだ戸惑ったように眉を寄せてるけれど、カークは少し落ち着いたみたい。ダンも困惑しているようだし、早く詳しい説明をしないと。


「ダン、この畑には肥料を使ってますよね」

「ああ、いつもと同じようにしてある」

「その肥料とカークの水があったから、小さくてもキャベツはまだ生きていられたんです。でも魔法の水は、自然にあるものではありません。キャベツが元気に育つためには、大地の恵みをたっぷり含んだ水が必要なんですよ」


 魔法で作られた水がどういう原理で現れるのかは、私には分からない。けれどカークの手のひらに生まれるものなのだから、川や井戸の水のように土から溶け出た栄養が含まれてはいないだろう。だから私が話した事は、的外れにはならないはずだ。

 けれど本当の事を言うと、この話はあくまでも()()()の説明だった。


 もちろん、カークの水より自然の水を使った方がいいというのは変わらない。ただその理由は大地の恵みではなくて、()()()()の有無が理由だと思うからだ。

 女神から与えられた聖女の力は、聖石を通じて王国中に満たされている。それは土でも水でも同じだ。隣国キャメリオットより、ここハーウィルのキャベツが美味しかったのも、聖女の力が働いていたからだと思う。だってハーウィルの守護神は、豊穣の女神ルギアリアなのだから。


 これまでルギアリアの加護で育っていたキャベツが、カークの魔法――水の神アキュルベータの力で同じように育つかと言ったら、そうはならないだろう。

 私はそう思ったのだけれど、聖女の力に関する話は守秘義務に関わる。だから私は、()()()()()と言葉をぼかして二人に伝えた。


「大地の恵みか……なるほどな」

「確かに魔法で出した水にそれはないだろうね。あれは井戸水と違って、飲んでも美味しくないし」


 二人とも納得してくれたようでホッとした。するとダンが意を決した様子で立ち上がった。


「そういうことなら、新しい井戸をさっさと掘らねえとな。俺は村の奴らに声かけてくるわ」

「ダン。しばらく雨が降ってないのに、新しい井戸なんて出来るのか?」

「少し離れた場所に掘るつもりだから、まあたぶん大丈夫だろう。すぐ枯れるかもしれないが、ないよりはマシだからな。どちらにせよ、いつまでもお前に頼ってるわけにはいかないと思ってたんだ。お前は無理せず、もう少し休んでいけよ。……お嬢さん、ありがとな」


 ダンは張り切った様子で畑の向こうへ駆けて行く。その背を眺めるカークに、私は恐る恐る問いかけた。


「カーク、質問してもいいですか?」

「いいよ。どうしたの?」

「カークはいつ頃からここにいるんですか? ダンはさっき、山の方もここしばらくは雨が降ってないと話してましたが、キャメリオットはどうなんでしょうか」


 ここから見える山の向こうは、隣国キャメリオット王国だ。山に雨が降っていないなら、キャメリオットでも水不足になっているはず。

 もしキャメリオット側には雨が降っていて、ハーウィル側には降っていないのだとしたら……。考えたくはないけれど、あの山に何か問題が起きているのかもしれない。


 なにせ、私が聖女の力を失ったのが二ヶ月前だ。その後オルカが新たな聖女になるまで、聖石に力は込められなかった。

 私が十年かけて聖石に貯めてきた力がどれだけ残っていたのか分からないし、早々に空になっていた場合、魔物が現れている可能性もある。

 雨を降らせなくする魔物がいるなんて聞いた事はないけれど、もし私のせいで何か異変が起きていたら大変だと、気になって仕方なかった。


 それを確かめたくてさり気なく聞いてみると、カークは少し考えて首を振った。


「オレが山越えをしたのは三週間ぐらい前かな。その時も確かに晴れの日が続いていたが、その後向こうで雨が降ったかは分からない。キャメリオットは水神が守る国だから、水不足なんてあり得ないと思うけど……念のため、問い合わせてみるよ」

「ありがとうございます」


 顔色が戻ってきたカークは、ゆっくりと立ち上がった。


「さて、オレはそろそろ帰るね。手紙を書かなきゃ。またね、ラクリス」

「はい。また」


 カークはにこやかに手を振り、去っていった。帰るって言ってたけど、カークは家でも借りているのかな。村に三軒しかない宿屋とは反対方向に消えていった。


 つい「また」と返事をしてしまったけれど、明日もここに来てって事なのかしら。井戸がどうなるのかは気になるけれど、これで人助けが終わったのかも確かめたい。


 私はカークを見送ると、近くにある枝を拾って棒倒しをしてみた。やっぱり棒は倒れずに、不思議と立ったままだ。

 これは井戸作りが無事に終わるまで、この村にいた方がいいって事かしら……。


「早く雨が降ればいいのに」


 井戸が出来ても、いつまでも雨が降らなければすぐに枯れてしまう。それに困るのはキャベツ畑だけでなく、森の木々や草花も力を失くしてしまうだろう。

 どうしても気になった私は、その日の夜、寝る前に聖女だった頃の祈りをベッドで捧げた。もう聖女の力はないけれど、何もせずにはいられなかったのだ。


 そうして眠りに落ちた深夜、夢の向こうでパラパラと雨音が響いた気がした。

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