元祖 VS 本家
山麓の授乳夫(Aランク)
総評:濃いが甘さが上品。余韻がさわやか。
高原の授乳夫(Bランク)
総評:新鮮さ、自然さを感じさせ、飽きが来ない。
大地の授乳夫(Cランク)
総評:コクがないわりに、しつこさが残る。もう少しまろやかさが欲しい。
中州の授乳夫(Cランク)
総評:甘さとコク、のど越しのバランスがとれているが、余韻がない。
沼地の授乳夫(Dランク)
総評:味にしまりがなく、スカスカ。
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授乳夫のランキングリストを見ながら、私は考えた。妻のため、生まれてくる我が子のために、Aランク、それがダメならせめてBランクの授乳夫に頼もう。
「いらっしゃいませ。【元祖】授乳夫ギルドにようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「妻の出産が近づいているので、授乳夫の派遣を予約したいのだが」
「授乳夫のご予約ですね。第2カウンターで承ります」
案内されたカウンターで、名前や住所を登録する。
「本日はご要望をお聞きして2、3人の候補を選び、奥様との面談を設定していただくことになります」
どんなに良質な父乳を出す授乳夫でも、性格も良いとは限らない。授乳する場合、特に最初の3か月は住み込みに近い状態になるから、事前の面談は欠かせないそうだ。納得できる話ではある。
「このランキングリストのBランク以上から選びたいんだが、可能だろうか?」
拝見します、とランキングリストを受け取った女性スタッフは少し驚いたような表情を見せてから、首を横に振った。
「申し訳ございません。このリストは私ども、【元祖】授乳夫ギルドの物ではございません。本家・授乳夫ギルドが出しているリストですね」
「なんと! 授乳夫ギルドは2つあったのか。知らないこととはいえ、失礼した。差し支えなければ、違いを教えてもらえないだろうか」
「かまいません。本家ギルドの方にも行かれてから、お決めになっていただいて結構です。その場合、面談の予約を入れるのは遅くなってしまいますが」
同じようなやり取りがこれまでに何回もあったのだろう。彼女は手慣れた感じで説明を続けた。
「本家ギルドの方が歴史はありますね。私ども【元祖】授乳夫ギルドの初代マスターは、本家ギルドから独立してこの【元祖】ギルドを作りましたので」
「何か意見の違いでもあったのか?」
「その前に、お客様は、授乳夫のランキングシステムがどのようにして始まったのか、ご存知でしょうか?」
「知らないな。私は母乳で育ったし、妻が妊娠するまで授乳夫について考えたこともなかった」
彼女はうなずくと、意外な話を始めた。
「ランキングシステムは、日本という異世界の仕組みをまねたものです」
「日本か……聞いたことがある。ドラゴンを倒すようなSクラスの勇者の多くは日本からの転生者だと。彼らは『スマホ』という魔道具を使い、『ぐぐる』という知恵の神から神託を受けているとか」
「はい。『スマホ』を使うには大神官様のような高い魔力が必要なため、私達が使うのは容易なことではありません。本家ギルドの初代マスターには『スマホ』を使えるほどの魔力はありませんでしたが、複数の転生者とのつながりがあり、日本の情報を得ていたといいます。彼が情報を集め、立ち上げたのが父乳の品質を評価するランキングシステムを中心とした本家ギルドです。お客様がお持ちのリストは、毎年、王都で本家ギルドが授乳夫を集めて行う、父乳の品評会の結果をまとめたものですね」
「では、こちらの【元祖】ギルドの初代マスターは?」
「私ども【元祖】ギルドの初代マスターは、本家ギルドの資料室で司書のような仕事をしておりました。彼は資料を分析していて妙なことに気づきました。日本には多くのランキングシステムがありましたが、父乳のランキングシステムの資料が見つからなかったのです。日本に授乳夫や父乳が存在するという確実な資料もありませんでした」
「本当か? 日本には母乳中毒症はないのか?」
「母乳中毒症についての資料も見つけられなかったようです」
彼女は机の下から何かを取り出した。【元祖】ギルドの歴史を紹介するパンフレットのようだ。その『初代マスターの発見』というページを開くと、
「私ども【元祖】ギルドの初代マスターが発見したのは、日本にも母乳では育てられない赤ちゃんはいるが、授乳夫の父乳を飲ませていないということです。代わりに、ホルスタインと呼ばれる獣人のメスの乳を飲ませています」
獣人の乳を飲ませる!? 魔力が含まれているのかもしれないのに!? その野蛮な行いを聞いて、私は思わず天井を仰いで絶句した。
「そして、初代マスターはホルスタインの乳のランキングシステムがないか調べることにしました。長い時間をかけて転生者の伝手をたどり、複数の情報を精査したところ、彼が出した結論は……」
彼が出した結論は、ホルスタインのランキングは乳で決まらないということ。乳で決まるランキングシステムがまったくないと断言することはできなかったが、少なくとも有名なホルスタインの品評会では、血統や体型、たとえば搾乳器と呼ばれる魔道具と乳房の適合性などを中心に審査されることが中心であり、ホルスタインを集めて審査員が乳を搾り、その場で飲んで評価するような品評会は主流ではなかったと彼は結論付けた。
しかし、彼の研究は本家ギルドでは異端視された。まもなく、彼は数人の仲間とともに本家ギルドを事実上追放され、【元祖】ギルドを設立することになる。
「では、私どものランキングリストをお渡ししますね。ご参考になさってください」
※※※
森の授乳夫(Aランク)
総評:つるつる
草原の授乳夫(Bランク)
総評:すべすべ
川辺の授乳夫(Cランク)
総評:しっとり
崖の授乳夫(Dランク)
総評:ガサガサ
火山の授乳夫(Dランク)
総評:チクチク
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ずいぶんと短い総評だ。本家ギルドのランキングリストも短いが、無料版だからいろいろ省略されているのだろうと思っていた。が、このランキングリストはいくらなんでも短すぎる。ガサガサとかチクチクって、いったい何なんだ。私が尋ねると、彼女はにっこりと笑って、
「乳首に生えている毛の評価です。剛毛でチクチクしていれば、おっぱいがどんなにおいしくても、赤ちゃんは飲みませんよ」
ホルスタインの品評会については、「ホルスタイン コンテスト」でググってください。私も、搾りたての乳をソムリエがその場で飲んで評価するようなコンテストが主流だと思っていました。