国王→宰相←王太子
私は左の乳首に痛みを覚えて、目が覚めた。
「王太子殿下。何度も申し上げておりますが、私の乳首に歯を立てるのはお止めになっていただきませんと……戦争はおやめください」
しかし、殿下は相変わらず私の左乳首に歯を立てながら吸い続ける。うっとりとしたその表情は十二歳という年齢を考えても、あまりにも美しい。
国王閣下が私の右乳首をついばみながら、仰せになる。
「すまない、宰相。だが、この至福に抗うのは朕にとっても至難。まこと汝の乳は美味であるぞ」
「ありがたきお言葉。どうか戦争はおやめください」
私が何度も脈絡なく「戦争はおやめください」と言うのを聞きながら、国王陛下も王太子殿下も私の乳首から口を離さない。その目は焦点を失いがちだ。
私はこの国の宰相である。と同時に、授乳の加護を持つ授乳夫でもある。
この世界には、母乳中毒症という母親の胎内でかかる病がある。生まれてくる赤ん坊の半分近くがかかり、母乳を飲むと、ひきつけ、泡を吹き、高熱を出し、数時間で死に至る。母乳中毒症にかかった赤子は、生まれてから母親の乳を一滴も飲めずに死んでいくのだ。治療法はない。唯一の対策は、『授乳夫』と呼ばれ、授乳の加護を持つ男の乳房から出る父乳を飲ませることだ。そして私は授乳夫として、この二つの乳房で国王陛下と王太子殿下を育てたのである。それが今も続いている。お二人は私の乳が飲みたくなると、昼夜を問わず私の元を訪ね、私の乳を飲むのである。
お二人は、私の寝間着の胸をはだけ、私の乳首を吸い続けておられる。
念のために言うが、私とお二人の間には性的な関係はまったくないぞ。現に私の寝間着の下半身はまったく乱れておらぬ。私は四十五歳のハゲデブである。悲しいことだが、私とそのような関係を持ちたいと考える悪趣味な人間は、この王宮にいないと断言しよう。
ところで、授乳夫が出す父乳には、母乳と違う点がいくつかある。
ひとつは、父乳は乳房を絞るだけでは出ないこと。乳首が唇で吸われていないと出ないのだ。そのため、母乳のように搾乳器に出して貯めることはできない。
もうひとつは、中毒性と依存性があること。正確には、父乳を飲む者は、その乳を飲むのをやめるのが難しくなり、さらに授乳夫に精神的に依存してしまい、反抗できなくなってしまう。未だ原因は分かっていないが、父乳を通じて魅了魔法にかかるようだ。
ただ、この中毒性と依存性は、通常は問題にならない。赤子が乳を飲むのはせいぜい二年程度。中毒性と依存性が問題になるのは五年以上飲んだ場合である。
しかし、このお二人はそれ以上の長い期間、私の父乳を飲んでいる。文字通り、乳離れができなかったのだ。
私が授乳を続けるのは、私利私欲でお二人を思うままに動かすためではない。先代の宰相の命に従い、この国のために続けている。問題は別にあるのだ。
乳房の張りが弱くなる。そろそろ、乳が飲み干される。お二人の乳首を吸う力が弱くなった。お二人の脳内には、『もう終わり』という加護によるメッセージが浮かび上がっているはずだ。
とろんと眠りに落ちそうなお二人の背中を叩き、ゲップをさせる。母乳と違い、父乳を飲んだ時は大人になってもゲップが必要なのだ。
お二人の深い眠りを確認すると、私はサイドテーブルのベルを鳴らしてメイドを呼び、お二人をそのまま寝室まで運ばせる。けさの授乳はこれで終わりだろう。
※※※
「騎士団長からの報告を申し上げます。国王陛下から辺境伯への密使を捕らえたとのこと。密書も確保したとのことです」
「ご苦労。騎士団長にはよろしく伝えてくれ」
私は騎士団からの使いを下がらせた。今年に入ってから、この騒動も何回目だろう。今回も未然に防ぐことができたわけだが、
「地方視察に向かわれたおかげで、陛下の授乳が途切れてしまったからな……」
「戦神の加護も強力ですからね……」
秘書がうんざりしながら答える。後始末のことを考えているのだろう。
国王陛下と王太子閣下のお二人は、戦神の加護をお持ちである。だが、その加護は戦場で果敢に戦うものではなく、とにかく戦争を起こしたがるのだ。我が国は大国に囲まれ、戦争を起こしても勝てる見込みはまったくない。そんな国際関係や国力をまったく考えず、呼吸をするように宣戦布告をしたがるのだ。今回、騎士団が押収した密書も、辺境伯に開戦に備えるよう命じたものだろう。
これまで戦争にならないように未然に防いできたのが、私の授乳だ。授乳の際に「戦争はおやめください」と話しかけることで、父乳の中毒性と依存性を通じで開戦衝動を抑えてきた。これが、先代の宰相が私に授乳を続けるように命じた理由である。だが、授乳による開戦衝動の抑制は数日間しか続かない。授乳をやめるという選択肢は残念ながらなかった。
しかし、しかし、である。
私ももう四十五歳。授乳夫として父乳が出るのは、あと数年しかない。もし、私の父乳が出なくなり、お二人が戦争を起こせば、間違いなくこの国は終わる。私の父乳が止まる前になんとかしようと、お二人には何人もの若い授乳夫を引き合わせたが、その父乳が気に入られた授乳夫はひとりもいなかった。別の意味で寵愛を受けるようになった若者は何人かいるが。
ふくらみのある味わい、それでいて甘みが目立たず、濃縮感があり、心地良い余韻が残る ―― それが私の父乳である。私以上の父乳を出す授乳夫が現れなければ、この国は終わりなのだ。
この数年後、宰相のおっぱいが出なくなってまもなく、この国は世界のすべての国に宣戦を布告し、フルボッコされて滅亡しました。