八、混血
一度見失ったものの、追ってとりあえず走り、私は偶然にも逃げた狒々の隠れ家的な場所に辿り着いた。近くの木の影に、こっそりと隠れる。
見つけた…。でも、狒々と一緒にいるあの女の子は…何者?
「あ…1人…気がついたみたい。」
ツリーハウスの基礎となっている木に、体を絡めとられている少女は、虚な目をしてボソリと呟いた。
『な…何じゃと!?おのれぇ…折角力を手に入れたと言うのに!いったい何が目的で逃げた儂を執拗に追い回すのじゃ!』
ツリーハウスごと《・・・・・・・・》移動していたらしい狒々は既に疲労困憊で、憎々しげな表情を浮かべていた。
その目は爛々と光っており、とても正気とは思えぬ目をしている。
「さっき…おじさんに鮮度低いって言われて怒ってた、女の人。ねぇ。もう…いいよ…、ひっく…やめようよぉっ…。」
ツリーハウスの木の根本に再び、ぽたぽたと少女の涙が落ちた。
俯く彼女の瞳が、垂れてきた紫色の髪で隠れる。
『何を言うておる!人間などという下等な生き物に、おもい知らせてやらねば儂の気がすまんのじゃ!』
ーーパキッ。
やばっ、木の枝踏んじゃった!
驚愕の表情を浮かべて、狒々が私のいる方を向く。
仕方ない、ここは堂々と出るしか…。
「逃げるのやめたの?それにその子…どうして木に絡め取られてるの?」
狒々と少女の会話していた所に、しれっと参加する。
ツリーハウスの木に体を絡めとられている少女は、ポロポロと涙をこぼしながら俯いている。
狒々に関しては、私の登場があまりにも予想外だったらしく、非常に驚いた顔をしていた。
『雫っ!お主わざとっ…!?』
狒々が少女の方へ振り向くと、雫と呼ばれた彼女は悲しげな笑みを浮かべていた。
「いいの…これで…いいっ…。これでいいからっ…!」
『おぉぉぉのぉぉぉれえぇぇぇ!!!!!!』
「っ…!」
狒々は私に背を向け、少女目掛けて、鋭い爪を振り上げた。
ーースパンッ。
「…へ?」
少女が痛みを覚悟し、ギュッと目を瞑った直後、少女の体は斜めへと傾いた。否、少女が体を絡めとられていた木を、私が切り倒した。
狒々の爪が空を切り、少女は木の幹から解放される。
「え…あ…あの…。」
「事情よく分かんないけどさ。」
木を呪符で倒した私は、ぽかんとして地面に座っている少女に手を差し出した。
「とりあえず逃げよっか。」
手を離れないようにしっかり掴み、私は雫ちゃんを連れて、狒々と反対方向へ走り出した。
「だ…だめっ!おじさんを残して逃げられないよ!」
「お…おじさん!?」
「千晶ちゃーん!」
走りながら雫の方を振り向き、素っ頓狂な声を上げたその時、他の場所を探していた茉恋さんたちが私の元に合流した。
「どうしたの?その子。」
「実を言うと私もよく分かって無くて…狒々がいたツリーハウスの木に捕まってたんです!」
「木に捕まってた?」
後ろから追いかけて来る狒々から、走って逃げながら、紡さんが何かに気がついたらしく、雫ちゃんの顔を見てハッとした。
「あんた…ひょっとして混血か?」
ビクッと雫ちゃんの体が強張る。
「混血…?」
雫ちゃんの方を見やると、何かに怯えている様に目を泳がせ俯いた。