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六、少女の涙
『ハァッ、ハァッ、ハァッ。』
毛玉は走っていた。否、狒々は走っていた。山の奥深く、遥か昔から己が住み着いていた、ツリーハウスへ。
木を登り、もう腐敗して戸が崩れ去った小屋の中へ、狒々は逃げ戻った。
『ヒィ。何なんじゃあの連中は!』
自分の肩口に突き刺さった草刈り鎌を抜き、文句を言う。
『すまんのぉ。お前に上質な人肉を食わせてやろうと思ったんじゃが、今回は相手が悪そうじゃ。』
狒々は相手の方も向かず、独り言のようにそう呟いた。
話かけられた相手、それはツリーハウスの基礎となっている樹木の幹に体を絡めとられ、磔刑に処された囚人のごとき状態でそこにいた。
「…だから、言ってるでしょ?」
彼女は静かに涙を流しながら、か細い声で狒々の言葉に応えた。
「私は…人なんか食べたくないのにっ…!」
そう言って見開かれた彼女の瞳は、涙で蒼と翠の2色に、光り輝いていた。