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緊迫表現習作(シーン抜粋)

作者: shemoneh esrei

 とんとん、と背後で音がする。

 冬の風が窓を揺らしたのかなと思った。でも、それにしては。私に届くように制御されてんじゃないかってくらい整った音像。疑問はある。振り返って確認すべきだろう。それでも、押さえるように両手で握った自室のドアノブから冷え切った指が剥がれない。私、たぶん怖がってるんだ。振り向いた先で何かが起こっても、あるいは何もなくても、あまりいい結末を向かえられない気がしてる。

 いきおい、ノブを回しドアをすり抜けた。高鳴った鼓動は身体をちゃんと動かしてくれる。躓かないよう祈りながらリビングを駆け抜け、短い廊下を渡り、玄関扉にしがみ付くように身体を押し付けて外に大きく開く。冷たい風が顔を裂いた。外に出たところで逃げ切れるとは思わない。だからこっちはフェイク。玄関は開放したまま、すぐ屋内に引き返して、近くのドア――お風呂場――に滑り込んだ。

 内側から音を立てないようドアをそっと閉めれば、一切の光すらない暗闇ができあがる。ここは脱衣スペースで、見えないけど洗濯機や乾燥機が置いてあるはず。更に奥の浴室まで行く‥‥‥? 闇の中を手探りで? ダメだ、もう音は立てちゃいけない。

 ドアの向こうで室内のフローリングを土足で踏む音が響いた。やっぱりさっきのは気のせいじゃなかった。私の身体はドアに張り付くように硬直する。唾が溜まるのを止められない。飲み下したら音がなっちゃう。袖を口に当て染み込ませて耐える。足音は玄関前の廊下を進んでくる。開けっ放しの玄関を見てるんだろうか。心の準備も出来ない間に、壁を隔てて一メートルの距離をはっきりとした人間の気配が移動してく。おねがい、通り過ぎて‥‥‥。足音は止まない。少し遠ざかる。バタン、と。扉を閉める音。無音。

 ‥‥‥外に出た‥‥‥のかな?

 待つ。十秒、三十秒、一分。なにも起こらない。唾を飲むと咽そうになって、口を手で強く押さえた。緊張は解けない。

 それでも無為の時間が過ぎていくにつれて気は抜ける。だから、いま居る場所を実感してくる。光が無い。瞼を閉じても開いても視界には少しの変化も無い。換気扇の音すら無い。遠くで微かに車の排気音が聞こえる。それだけ。住人の居なくなった部屋は警察の捜査も終わって、電気を止められてる。寄す処は床と壁の感触。心細いとか以前に、これ以上は精神が耐えられそうになかった。暗がりを怖いと感じたことなんていままで無かったつもりなのに。

 スマホの電源を入れた。服の中で包み隠すように。襟首に顔を突っ込んで画面を確認すると、発狂しそうだった暗闇を照らす四角い光に救われる。思い切って服から出してライトを付けた。手で覆って少しずつ光を漏らして、床を照らし壁を、天井の角を照らす。安全だろうか。見知った空間。誰の気配もない。大丈夫そう。浴室も確認‥‥‥は、しなくて、いい、かな?

 恐る恐ると廊下を隔てるドアノブに手をかける。気をつけてたつもりなのに、かちゃりと些細な音がやたらと大きく響いて身体が固まる‥‥‥大丈夫、さっきの侵入者はもう居ないはず。これくらいの音なら。

 呼吸を落ち着けて更に慎重にノブを回す。空いた手でじわりとミリを数えるようにドアを押し開けていく。隙間を覗いた途端に誰かと目が合ったりはしないだろうか。自然と身体は引き気味になっていた。ドアの厚みがドア枠を越えて、隔てられてた空間が微かに繋がる。リビングに満ちる月明かりが足元まで差し込んで、不安を幾許か拭う。大丈夫。‥‥‥大丈夫。ドアノブからゆっくり手を離す。揃えた指先で扉を静かに押すと、音を立てずに人が通れる隙間ができた。

 廊下に出た。振り向けば玄関扉は閉められてる。その対面のリビングへ続くガラス扉は開放されてる。足取りは引きずるように、それでもなんとかリビングに身を転がせば、大窓に映す夜が明るくて、風景は平穏の時間を刻んでるようにも思えた。なんとか凌いだのだろうか。少しは安心していいのかな。ていうか私、何がしたかったんだっけ。ああ、そうだ君郷。いまどうしてる?

 スマホのGPSで君郷の居場所を確認。さっきの場所だ。動いてない。え、どうして? スマホ落としたとかだよね‥‥‥大丈夫、少なくともひとりは私を追ってきてたんだし余裕できてるはず‥‥‥そのはず。

「お友だちは来てくれなそうかな?」

 背後からの男声に肩が跳ね、呼吸が止まった。

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