サイケデリックハードボイルド赤ちゃん~涙はミルクの味がする~
春ですよ!
こんな作品があったっていいじゃない!!
※行間を修正しました!
【その1、激烈! サイケデリック赤ちゃん!】
俺の名は、轟マサヤ。生後10ヵ月のナウなヤングだ。まだ生まれたばかりだと甘く見るなよ? 俺は生後10カ月にして、すでに歩くことができるのだ。つかまり立ちなんてちゃちなもんじゃない、正真正銘、己の足でな。
そんなスーパーフィジカルな俺は、今、近所の公園に来ていた。仕事で忙しいマミィの代わりに、グランマが連れてきてくれたんだ。感謝するぜ、グランマ。久々のシャバの空気はうめぇ。お気に入りのおしゃぶりをふかし、原っぱの上で、ガラガラをかき鳴らしていた。
不思議だ。今日は自分でも驚くほど指が走る。空に昇っていお天道様のおかげか? はたまた、また一つ、次のステージに昇っちまったのか俺は。ふと、自分の奏でる音色の中に、不思議な音が混ざり始めたことに気づいた。なんだこの音は? どこからなっていやがる?
音のなる方へ視線を向けると、そこにはタンバリンをもった一人のベイビーがいた。ピンクの赤ちゃん服に、白い涎かけのファッションは、なかなかイカしてる。
俺は、自慢の二足歩行でベイビーの元へ向かった。
「へい、なかなかいい音だすじゃねえかホワイト・ビブ」
「お前もな、さっきの演奏、聞いてたぜ。どうだ、俺と一緒にセッションでもしないか?」
セッションか……。普段他の奴と演奏すると、イライラして泣いてしまうが……。さっきのコイツのリズムを聞いた感じ、悪くない。試しにやってみるか。
「いいぜ」
「へへ、あんたナイスガイだな。曲は、タイヤキ・ザ・アスリートボーイでいいか?」
「他にあるのか?」
「へへへ、だな。じゃあ、行くぜ、ワン・チュー・ワンチュースリーフォー!」
しゃんしゃんガラガラぽこしゃんガラガラ!
っと、公園に鳴り響く俺たちの音色に、カワイコちゃんも見惚れら。しかし、コイツ、完璧なリズムだ。文字通り、一分の狂いもねえ。それでいて、腹の底に響くようなサウンド。完全な一体感。こんなグルーヴを味わわせてくれる奴がいるなんて驚きだぜ。
「まーちゃん。もう帰るじかんよぉ~」
グランマが俺を抱き上げた。古びたタンスの匂いが心を落ち着けるぜ。俺は、ふかしていたおしゃぶりを取って、ホワイト・ビブに言った。
「へい! ホワイト・ビブ! あんた最高だぜ! またどこかであったらセッションしよう!」
「オーケー相棒! あんたとはぜひまた一曲奏でたいもんだ! あと名前はヒナタだ! 覚えとけ!」
そして、俺たちはわかれた。親友とのわかれは、寂しいが、今は泣かないぜ!
「あらあら~、ばぶばぶいっちゃって、なかよしさんねぇ~」
【その2、激突! かつての相棒!】
某日、俺は、デパートの赤ちゃんセンターに預けられていた。マミィと離れるとき、思わず泣いちまったが、もう平気だ。人は、必ずしも別れが来る。今がその時だっただけのことさ。そんな哀愁に酔っていると、どこかで聞いたリズムが俺の耳に入った。
「ヒナタ!」
「マー坊!」
なんと、白いマットレスの上に、ヒナタがいたのだ!
なんてこった。まさかこんなところで再開するなんて! 何もかも失っちまった俺にとって、まさにヒナタは、ぽっかりとあいた心の穴を埋めてくれる、くまさんアップリケのような存在だ。
「お前も、なのか?」
「ああ、でもしかたねぇさ。わかれって奴は、誰にも避けてはとおれねぇ道なんだから、よ」
やっぱりコイツは最高にクールだぜ。
「でもよ、俺は許せねぇ。つい最近まで仲良くやってきたファミリーだってのに、急に裏切るなんてよ」
ヒナタは、ぎゅっとタンバリンを握った。握った時、ヒナタの悲しみを代弁するかのように、しゃん、っと小さな鈴の音がなった。
「恨むなよ、相棒。マミィにもマミィの事情があったのさ。あんまりクヨクヨしてっと、食べ残した離乳食みたいになっちまうぜ?」
「……おい、ダチが悲しんでだからよ、慰めの言葉くらいかけてくれたっていいんじゃねぇか? ご立派なお説教を垂れやがって。鼻につくんだよ」
「……なんだと? 甘ったれてんじゃねぇ! 男にはな! 悲しくても乗り越えなきゃならねぇ、道ってもんがあるんだよ!」
ヒナタは、押し黙り、俺を睨みつける。その目は、まるでオオカミのような鋭さと、怒りが満ちていた。
「なにが……なにが男だバカヤロー!!!!」
「ぐはぁ!!」
ドオオオォォォォォォオオン!!!!
ヒナタの切れのある右ストレートが俺の頬を貫く。まるで、鉛で固めたみてーな重さだ! さすがは普段、タンバリンで鍛えているだけのことはある!
ヒナタに対する尊敬の念とともに、俺の心はとても悲しい気持ちで満たされた。なぜなら、この拳の重さは、ヒナタの悲しみの重さだからだ。くわえていたおしゃぶりがころころと床を転がっていった。
「ぺっ……。おい、ヒナタ」
俺は、口に残っていたミルクを吐いた。乳臭い味が、口の中に広がっている。
ここでやりかえさなきゃならない。またあの拳を喰らったらと思うと、こええ。けど、俺は正さなきゃならねぇ! 間違った道に進もうとしているダチを、見捨てられるかよ!!
「覚悟は、できてんだろーなあああああ!!!!」
バキィィィィッィィイイイイイイン!
渾身のヘッドバット。いや、必殺、ヘッド・ザ・ロックンロールをヒナタの顎にぶち込んだ。
「ぐ! くそったれがあああああ! 食らいやがれ! リュウセイ・ダブル・パンチ!!!」
「ぐああああああ!」
まだ、頭を下がり切っていない頭に、その名の通り流星群のような拳が撃ち込まれた。一発一発が重い。俺の柔らかい頭蓋骨は、もろに衝撃を脳に伝えちまう!
チクショウいてぇ! 泣きそうだ……!けど、ここで引き下がるわけにはいかねぇ!
俺は、体を支える太ももに力を入れて、一気に前進した。
「なに!?」
予想外の行動に、虚を突かれたのか、ヒナタの猛攻はとまった。
チャンス!!!
「ダイナマイト・ローリングヒッププレス!!」
俺は、でんぐり返りのように頭を体の下に丸め込んだ。そして、尻に当たる、ヒナタの顔の感触。これは、間違いなく、鼻にあたったはずだ!
「う、ぐおおおおおおおおおおおお!」
急所を狙われたヒナタは、大地が揺れるほど叫んだ。
※ ※ ※
「ばぶー」
「やーやー」
「ぶぶぶ!」
「んぶぅー!」
「ん、ああああああああん!!!」
「あらあら、喧嘩しちゃめーよー。もう少しで、ママがくるからねぇ~。よちよち」
※ ※ ※
ビックレッグガール(足の太いおばさん)に邪魔されて、勝負はお預けになっちまった。
「マー君。いいこにしてた~?」
「あ、お母さん。すいません、少し目を離したときに、どうも他の子と喧嘩しちゃってたみたいで」
「あら、いいんですよー。男の子は少しくらいやんちゃじゃないと。その子に怪我はありませんか?」
「ありがとうございます。その子にも怪我はありませんよ」
「ならオッケー! じゃー帰ろっかマー君!」
マミィ……。帰ってきてくれたんだな……。ならきっと、ヒナタのところにも!
そう思ってヒナタを見ると、奴は恨みのこもった瞳で俺を睨みつけていた。
「……あばよ、相棒。次に会ったときに決着をつけようぜ」
「……今度こそ、目を覚まさせてやるからな。それまで、まってろよヒナタ!」
そして俺たちは別れた。大きな遺恨を残し、心にはもやもやとした感情だけが、霧のように纏わりついてくる。
次に会ったとき、決着だ!!!!
ーー----17年後。
「マサヤ君、好きです!」
「ひ、ヒナちゃん!?」
学校の帰り、いつもコンビニでお菓子を買った後に立ち寄る公園。
桜が舞うこの場所で、僕は今、告白された。
「ぼ、僕も! 僕もヒナちゃんが好きだ!」
ヒナちゃんとは、家が近所で、赤ちゃんの頃からの知り合いだ。いままでいろんなことがあったけど、二人で乗り越えて、ついに今日、結ばれたんだ。
感動とか衝撃とかすごすぎて、なきだしそうだよぉ!
「ねぇ、知ってた? 私たちが初めて会ったのって、この公園だったんだよ?」
「え?」
ヒナちゃん、急に、何を?
「そ、そうだったんだー。覚えてなかったなー」
「その次にあったのは、デパートの託児所。その時の別れ際、私たちは約束したんだ……」
「なに……」
瞬間、目の前に拳が迫ってきて、反射的に受け止めた。右手が、じんじんと痛む。
「次に会ったときは、決着をつけようってな。相棒!!!」
そんなの……。
そんなのって……。
最高にハイになってくるじゃねぇか!
胸ポケットからとりだしたおしゃぶりを、一口ふかす。やっぱりこれがねーと、どうにも調子がでねぇんだよな、っとぉ。
「さぁ、あの時の続きだ! あれからいろいろあって、今の今までつけずじまいだったからなぁ! まさか、日和っちまったなんていわねーだろ? マアアアア坊ううううう!!!」
「誰が日和るかよ!!! むしろこの時を待ってたんだぜ、ホワイト・ビブ!」
自然と口が吊り上がる。ヒナタも、先ほどまでの美少女ぶりから一変して、どう猛な笑みを浮かべていた。
はっ! やっぱりお前は、最高だぜ! ヒナタ!
「行くぞマー坊!!」
「こいよヒナタああああ!!!」
桜舞い散る公園で、二つの拳が激突した。
春ですね。
うん、春だ。