赤ちゃん、つくろ? ね?
馬車は一時間ほどで北のダンジョンに到着した。馬車から降り、俺たちはダンジョンの中に入った。
ヴォルーガが言ったとおり、何度も調査されているため、所々、入り口からの距離を示すが設置されている。迷路にはなっていない。横に逸れる小さな道はあるが、基本奥まで真っ直ぐだ。
ヴォルーガを先頭に、俺たちはダンジョンの奥へと向かった。
不意に眠気が襲って来た。いかんいかん、なんでこんなところで眠くなるんだ。
俺は大きく深呼吸をした。
ふと気がつくと、ヴァルヒルダが俺の手を握っていた。
「なんだか怖いの。手、握ってていい?」
甘い声でヴァルヒルダがささやいた。
「あ、ああ、かまわないぞ」
ヴァルヒルダは俺の手を握った。指をもぞもぞ動かして、俺の手を触り続けている。
ふ、かわいいもんだ。俺の手を触りたいんだな。
お、俺の腕にしがみついてきたぞ。おいおい、どさくさに紛れて、俺といちぃちゃしたいって寸法だな。
とか思っているうちに、ヴァルヒルダが胸を俺にぐいぐい押しつけてきた。
おいおい、さすがにこの状況でそれは、ちょっとやりすぎじゃないか?
「おい、ヴァル……当たってるぞ」
「うふ。わ・ざ・と、なの! ねぇねぇ、気持ちいい? あたしのおっぱい」
ヴァルヒルダはさらに胸を押しつけた。
「えい、えい、……どう?」
気持ちよすぎて死にそうです、と答えたかったが、俺は「浮かれすぎだぞ、ヴァル」と答えた。
「もう、うれしいくせにぃ! えい、えい、もっと押し付けちゃう!」
ああ、確かにうれしい。が、そろそろやめてくれないかな、将軍様が……。
「あのね、あたしね、貧乳ちゃんの記憶見てみたの」
「おいおい、プライバシーの侵害だろ?」
「いいんだもん、あの時点では私の身体だったんだから」
どんな理屈だ。
「あ、それでね、貧乳ちゃんたら『子作り』の詳しい内容を知ってたのよ。まだ十六歳なのに。びっくりだよね」
「ああ、そうなんだ」
リリカが教えていたからな。
「……でね、だからね、あたしもね、その……し、知ってしまったの。『子作り』のこと」
ヴァルヒルダの頬が桃色に染まる。
「あ、あたし、全然知らなかったの。その……あんなことするって、全然知らなかったの」
恥ずかしそうにヴァルヒルダが言った。
「まあ、十六歳なら普通は知らないんだ。気にするな」
ヴァルヒルダが、俺の手を自分の腹部にぴたっとあてた。
「……あたし、ロファールの赤ちゃん、欲しいな」
ヴァルヒルダが俺の目をじっと見つめた。
「……ロファール、だから……して欲しいの。本当の『子作り』。あたしと」
「あ、ああ。そ、そうだな、女王を倒したら、その、ちゃんとした子作りやろうな」
ヴァルヒルダと「ちゃんとした子作り」……。いかん、妄想が止まらない。
「お願い。して。ここで」
え?
「さっき王宮でも言ったけどね、あたし、死ぬ覚悟なの。ロファールがあたしを守ってくれるって信じてるよ。でもね、いざとなったら……死んでも仕方がないの。全部私が悪いんだから」
涙を浮かべて、ヴァルが言った。
「……あたし、死ぬ前にね、あなたの赤ちゃんが欲しいの。だから……いま、ここで。ね?」
ヴァルヒルダの手が、俺の太ももをさすりだした。その手は徐々に股間の方へ上っていく。
ちょ、ちょ、ちょ!
「いや、ここでって、今はそんな時間ないだろ? そ、それにヴォルーガだっているしだな……」
俺は前を歩くヴォルーガに聞かれないよう、小さな声で言った。
「大丈夫なの、時間魔法身につけたから、すこしなら時間を止めることができるのよ、あたし。だから、女王のことも、お姉さまのことも、気にしなくていいの……だから、ね」
ヴァルヒルダは俺の耳元に唇を寄せ、甘い声で言った。
「……赤ちゃん、つくろ? ね?」
もう無理である。理性が持たない。
「ヴァル!」
俺はヴァルヒルダをぎゅっと抱きしめた。
母さん、俺は、今日、男になります。文字通り、男になります。
相手は十六歳。元の世界なら、犯罪です。でもここなら、犯罪ではありません。
ああ、もう死んでもいいかな? あ、俺、死んでんだっけ?
「何をしているのですかロファール!」
ヴォルーガの声だ。
はいはい、もうすぐ時間が止まるから黙ってて下さいな。
「ロファール、やめて! お願い!」
今度はヴァルヒルダの声だ。
おいおい、今さら中断はなしだぜ。俺は一歩も引かない覚悟だ。
「ロファール! ロファール! お願い、こっち向いて! お願いなの!」
またまたヴァルヒルダの声だ。
……ったく、俺はお前とこうやって抱き合っているじゃないか。後ろからそんなに怒鳴らなくてもだなあ……。
んん?
何でヴァルヒルダの声が後ろからするんだ?
「お姉様、ロファールを助けてあげて!」
ヴァルヒルダの悲痛な叫び声がした。俺を助ける? どういうことだ?
ん? なんか臭いぞ?
あれ? 俺、目をつぶっている? おかしいな、これはもしかして、夢?
俺は目を開けて見た。おお、開くじゃないか。夢だったのかよ。
「ぐわー! なんだこれ!」
俺は慌てて飛び退いた。目の前に腐敗臭漂う、人型の何かがいた。
「ヴァ、ヴァルじゃない! なんだこれ!」
「異形なるものに冥府の火焔を与えん!」
ヴォルーガが叫ぶと、人型の肉の塊に青白い火がつき、あっという間に灰になった。
「……何が起こったんですか?
「ロファール、あなたは精神攻撃を受けていたのです」
ヴォルーガが答えた。
「精神攻撃?」
「……覚えてないのですね」
それからヴォルーガが俺に話した内容は衝撃的だった。
俺たちはダンジョンの奥に無事到達し、ヴァルヒルダの虹色魔眼の力で隠し扉を見つけた。隠し扉の奥には悪魔像があった。
それを破壊しようとした刹那、悪魔像が光り、俺とヴァルヒルダが気を失った。
地面から腐敗した人型のものが現れ、俺とヴァルヒルダに抱きつき、俺たちは眠ってしまった。
俺が途中で感じた眠気は、この瞬間のものだったようだ。寝ると同時に、ダンジョンに来てから倒れるまでの記憶を失ったようだ。
「ヴォルーガさんはどうして無事だったんですか?」
「王立魔法学研究所の所長たるもの、精神攻撃に耐える訓練くらいやっております」
へー。そりゃすごいね。
ヴォルーガが話を続けた。
「古代の記録に、腐敗した肉の塊の化け物が出て来ます。この化け物は願望を叶える夢を見せ、幸福のあまり死んでもいいと思った瞬間に、自分の中に取り込むのです。ヴァルヒルダも、夢を見ていました」
「あたしね、夢の中で女王を退治して、ロファールと結婚式を挙げていたの。でね、ああ、もう、幸せ、死んでもいいかな、って思ったの。そしたらね、いきなり目の前が暗くなって……」
ヴァルヒルダがぶるっと身震いした。
「肉の塊が襲って来たの。死ぬかと思ったわ」
「そう。まさに死ぬところでした。自分の欲しいものを夢の中で与えられ、死んでもいいと思うように誘導されていました。なんとかその直前に目を覚ましたので助かりましたが、危ないところでした」
「……自分の欲しいもの?」
「そうです。それが手に入り、死んでもいいと思った瞬間、肉の塊に取り込まれてしまいます。妹もあなたも、その一歩手前で踏みとどまりました。恐ろしいことに、あの化け物はあなた達が夢から覚めない限り、どんな魔法も効きませんでした。私は何度も声をかけ、正気に戻したのです」
俺が恐怖に震えながら感心していると、元気を取り戻したヴァルヒルダがじゃれついて来た。
「ねぇねぇ、ロファールどんな夢見たの? ヴァル、ヴァル、ってずーっとあたしの名前呼んでたんだよ! ねぇ! 教えて! あたしと結婚する夢でしょ? でしょ?」
いえ、えっちなことする夢です、とは答えられないので、俺は「ああ、そうだよ」と答えた。
「わーい、うれしー! おばさんフレイアの夢でなくてよかった!」
ヴァルヒルダが無邪気に喜ぶ。
「それで、お姉様。結局、あれ、なんだったの?」
「おそらく、悪魔像を守る特殊な魔法でしょう。あの肉の塊……眼球が数百個ありました。これまで、悪魔像を破壊しようとして、取り込まれたもの達の眼球でしょう。悪魔像に敵意を持つものを自動で攻撃するようになってました」
うーむ。よくできている。
「さあ、行きましょう。まだ悪魔像は破壊していないのです」
ヴォルーガが指差した先に、悪魔像があった。
「悪魔そのものは、神話の時代にこの世界から追放されています。悪魔は、辛うじて悪魔像で、この世界とコンタクトを取り、自分と契約したものに魔力を送り届けているのです」
なんでも知ってるなあ、ヴォルーガさん。
ヴォルーガが短剣を取り出した。
「悪魔は倒せません。ですが、悪魔像は壊せます。これは王家に伝わる神の剣です。これで破壊できない物質はこの世にないという言い伝えがあります。悪魔像を破壊するのに、一番ふさわしいと思いませんか?」
ヴォルーガが短剣を悪魔像に突き刺した。悪魔像が真っ二つになった。
「危ないところでしたが、悪魔像は破壊しました。これで女王は不死身ではなくなったはずです。急いで王宮へ戻りましょう」
俺たちはダンジョンから出て、馬車に乗り、王都を目指した。




