フレイアさんは説明する
魔眼からのスキャンを休むことなく、フレイアは予想通り「あなた何者なの」と俺を問い質した。
ここで俺の選択肢は三つ。
一つ、しらばっくれる。
二つ、真実を話す。
三つ、「俺が誰だって? そんなのどうでも良いじねーか、俺は俺さ。ロファールなんて忘れろ。俺の方がいい男だぜ。さあ、ベッドに戻ってレッツ≪契り≫、あいつのことなんか忘れさせてやるぜ……」と「男気マックス」で強引に乗り切る。
とりあえず、一つ目から順に試してみよう。
おれはベッドから起き上がり、ゆっくりとフレイアの方へ数歩歩いた。
「フフ、何を言ってるんだ、フレイア。俺はロファールさ」
右手でさらさらブロンズヘアーをさっとかき上げ、彼女の目を見つめながら、俺はゆっくりと喋った。
「こっちに来ないで! 違うわ。あなた、ロファール様じゃない!」
「おいおい、何を根拠にそんなこと言ってるんだ?」
フレイアはじりじりと後ずさりした。
「フレイムソード!」
フレイアが呪文を唱えた。
ゴオォという音とともに、炎に包まれた剣が空中に出現、それを構える。
あれ火だよね? 当たったら火傷するよね?
「ロファール様だったら、キスしようなんてするわけない!」
「え? なんで? 君、俺のフィアンセだよね?」
「……ロファール様は、この戦いが終わるまで私とはキスしないって誓いを立てたのよ。彼はそんな簡単に誓いを破るわけがないわ」
あのシチュエーション、どう見てもお前が俺にキスを迫っていたぜ?
どういうことだよ?
キスしないって誓い立てた相手にキスしてポーズ、おかしいだろ!
「ロファール様だったら、あの状況でどうしたんだ? あ、もちろん、俺がロファールだけど」
フレイアの頬がぱあと赤くなる。
「ああやって、キ……キスをお願いしたら、ロファール様は自分の人差し指を唇に当てて、戦争が終わったらな、って言うはずよ!」
はあ、そうですか。ごちそうさまです。
「あ……あなたは、何もためらわず私に、キスしようとしたわ……!」
あーこれだから女は。そういう人を試すようなことやめような。
ていうか、キスが駄目ならもしかして≪契り≫も戦争が終わるまでお預け?
だったらどうしよう。ま、そのときは先に銀髪のルラルちゃんと≪契り≫だな。
とりあえず、この場はもう少しねばってみよう。
あと、なんとかして魔眼の能力を探らないとな……。
「あーそうだったそうだった、誓い、誓いのことだな。思い出したよ。いや、さっきの攻撃マジで激しくてね、すこーしだけ、いや結構かな、記憶が飛んでるんだよ」
俺は右人差し指で右のこめかみあたりを指さした。
「ほら、お前も……その……その青く光る眼で俺を見たろ? お前の眼なら、俺が本当のロファールだってことくらい、すぐに判別できるんじゃないのか?」
「……私のこの魔眼は、どんな変身魔法・憑依・遠隔操作でも見破るわ。確かに、貴方の身体はロファール様そのもの。魂も一つだけ。洗脳の痕跡もない」
フレイアはフレームソードを持ったまま、言った。
「だろ? お前の魔眼でそうだったらそうなんだよ」
俺は自信たっぷりに言った。
「俺はロファールだよ。な? 信じてよ。キスのことは悪かったからさ」
フレイアがフレームソードを空中に放り投げる。ボン、といって剣は消えた。
「さっきも言ったとおり、身体は間違いなくロファール様」
「だろ?」
「魂も一つだけ」
「でしょ?」
「でもね、魂の色がロファール様と全然違うのよ」
「魂の色?」
「そう。ロファール様の魂は虹色と金色の混ざった、それはそれは高貴な色だったわ。でも……今のあなたの魂は……そうね、茶色。下水のような茶色。所々油のような薄汚い透明の粒が見えるわ。なんておぞましい」
茶色に油の粒ってラーメンのスープかい。
そんなに俺の魂は汚れているのか。
ちょっと腹立つな。
ふ。仕方ない。二つ目の選択肢、すなわち真実を話すをやってみるとしよう。
俺の身体がロファール様だとわかった今、俺の身体を損傷するようなことはあるまい。フレームソードもしまってくれたことだし。
「唐突ですまない。落ち着いて聞いてくれ」
できる限りのええ声で俺は言った。
「なに?」答えるフレイアの声はとげとげしい。
「……あのな、フレイア。実はな、えっと、その、なんというか、うーん、どうやって切り出すか迷うとこなんだが、うーん」
フレイアの眼が再び青く光り出した。
「ええと……やっぱり、俺、ロファール様ではないんだよ、ごめん!」
思わず声が高くなる。
「アイススピア!」
シャキーンという音と共に氷の槍が出現し、フレイアが両手でそれを持った。
「いや、誤解しないでくれフレイア。あのな、俺、というか俺の魂は別の世界から来たんだよ」
シュン! と、アイススピアがものすごい勢いで俺の鼻の先に突き出された。
「別の世界? どういうこと? ロファール様は、ロファール様の魂はどうなったの?」
「説明するから、その氷の槍をちょっとどけてくれないかな」
フレイアの手の中で、アイススピアがサラサラサラと雪のように消えていった。
俺は深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。
「俺は別の世界から来たんだ。実は俺、ついさっき、別の世界で死んだところなんだ」
「死んだ?」
「餅がノドに詰まってね。あ、餅ってのは俺のいた世界での危険な食べ物の一つだ。毎年何人もの老人を殺す超危険な食べ物さ。ま、とにかく、それのせいで俺は死んだんだ。で、理由はわからないが、俺の魂はこの世界へやって来ちまった。で、これまたどんな理屈かわからないが、俺の魂が、こう、スポッとロファール様の身体にはまったんじゃないか、って俺は思うんだ」
フレイアの顔がみるみる青ざめていく。
「……ロファール様の魂はどこに行ったの? 一つの身体には一つの魂しか存在できないのよ。どんな魔法を使っても、これだけはどうしようもない世界の法則なのよ。ねえ、ロファール様の魂はどこに行ったの? ねえ!」
再び俺は深呼吸をした。
「俺が思うにだな」
一つの身体には一つの魂しか存在できない。ならば、結論は一つだ。
「ロファール様は、死んだんだよ。フレイア、君言ってたね。彼は激しい攻撃を受けたって。死んだと思ったって。たぶん、ロファール様の魂はその時死んだんだよ。そして異世界に転生した俺の魂が、まだ生命力だけはあった彼の身体に宿った、そういうことだな。だから結論としては、ロファール様の魂は……消滅したんだ」
フレイアは微動だにしない。
「フレイア。なんと言ったらいいかわからないが、とりあえず……ごめんな、ロファール様じゃなくて」
俺は極力神妙な面持ちで、あたかもロファールの死を悼むかのようなそぶりをとったが、内心は全くそんなことを思っていなかった。
だって、ロファールって俺の対極に位置するようなイケメンだぜ?
何歳か知らないが、生まれてからずーっと優秀で、皆に褒められ、期待され、可愛がられて来たんだろ?
俺は二十八年間ひたすら兄貴と比べられてバカだクズだのろまだとけなされてきたんだぜ。特技も学歴もなく、おまけに彼女もいなくて。
せめて外見だけでもよければ救われたものの、あだ名がニンニクマシマシってことでお察しだろ?
ジロウって名前だけでニンニクマシマシなんてあだ名になるかよ。大学時代に一回だけ行った合コンで、初対面の女子大生から「まじキモオタ」って言われるような俺だぜ?
そんな俺と対極な、究極リア充が死んだんだ。こんなメシウマなことはない。
さらにラッキーなことには、その究極リア充のポジションを異世界転生で俺がゲットしたんだぜ? ロファールの死に感謝こそすれ、悲しむ理由なんてないね。
とはいえ、ここで「いえーいロファールざまあ」とか言ったらフレイアと永遠に≪契り≫などできなくなってしまう。ここは我慢だ。
「フレイア。悲しんでいてもロファール様は喜ばないと思う。確かに彼の魂は消えた。だが、彼の頭脳と身体はここにある。そのうち彼の記憶を俺は共有することになるかもしれない。そうすれば、俺は少しはロファール様のようになれるかもしれない。今は難しいかもしれないが、もう一度、二人で歩んでいかないか?」
くー、歯が浮く! 全然ロファールなんて野郎の真似なんかしたくないし、奴のリア充な記憶など共有したくもねぇが、これも≪契り≫のためである。なんでもするよ! 受け入れるよ!
「……あなた魂はロファール様じゃない。身体はロファール様だけど」
ま、そうなんだけどね。
「あなたがいうような、ロファール様が死んでしまい……魂が消滅してしまい、空虚となった身体に、その辺をうろついていた下賤な魂がたまたまロファール様の身体を横取りするなんてこと、それは不可能よ」
「そうなの?」
「高貴な魂は高貴な身体に宿る。下賤な魂は下賤な身体に宿る。常識よ。あなたの魂は下水のような腐った茶色。下賤の中でもかなり下賤よ。同じレベルの魂・身体でないと成功しないわ。でないと、魂か身体のどちらかが激しい拒絶反応を起こし、死んでしまうの」
俺の魂は「下水のような腐った茶色」で「下賤の中でもかなり下賤」かよ! ひどい言われようだ。が、ここで苛ついてはダメだ。
「なるほど、でも、実際俺という下賤な魂がこうしてロファール様の高貴な身体に宿っている。どう説明するんだ?」
「……究極魔法なら、どんな魂だって交換できるわ」
究極魔法? なんだそれ?