女王とマルムスティル
俺がこの世界に来てから、そんなに経ってない。当然、マルムスティル王国の歴史など何も知らない。
俺の中身がロファールではないことを知っているヴォルーガは、丁寧にこの国の歴史を教えてくれた。
ヴォルーガは最初に伝説から教えてくれた。
遥か昔。伝説的な超魔道士が活躍していた神話時代。不幸なことに超魔道士らによる覇権争いが発生してしまった。
この戦乱に勝利し、統一国家を建設したのが、女性にして超魔道士だったヴェイグンだ。ヴェイグンは女王となり、圧倒的な魔法力で国を統治した。
彼女には秘密があった。ヴェイグンは超魔道士になるため、女神と契約していたのだ。世界一の超魔道士になるために、ヴェイグンは一生恋をしないと誓ったのであった。
ところが、女王となったヴェイグンは恋をしてしまった。相手は王宮召し抱えの若き画家で、女王の肖像画を描くために毎日女王の部屋へ訪れていた。
毎日会ううちに、二人は恋に落ち、結ばれた。
このことを知った女神は、画家を王宮の石柱の中に閉じ込めてしまった。女王はあらゆる手を尽くして画家を石柱の中から救い出そうとしたが、無理だった。
絶望した女王は、その石柱から一本の杖を作り、自らの魂をその中に納めてしまった。
魂を失った女王の肉体は死んでしまい、悲しんだ女王国の人々は王都郊外に女王の亡骸を葬った。
その後、いくつかの政治闘争を経て、魔法軍総司令だった初代マルムスティル王が王位に就き、現在に至る。
マルムスティル家は女王に敬意を払い、王都の名前を女王の名である「ヴェイグン」とし、さらに、正妻から生まれた女性の名は、必ず「ヴ」の音をつけることとした。
……ここまでが伝説。
次に正史による歴史だ。
正史とは、代々のマルムスティル王の命令で作成された公的な国の歴史のことだ。『日本書紀』みたいなものだな。
正史によれば、伝説にはいくつか間違いがある。その間違いを列挙すると、
1 女王が女神と契約したかどうかは不明。
2 女王が恋をした相手は「王宮召し抱えの画家」でなく、のちの初代マルムスティル王。
3 先に死んだのは女王。悲しんだマルムスティルは、女王に似せて女神像を作った。
4 女王の杖に関しては記述がなく、王都郊外に女王の墓を作ったのは女王国の人々でなく初代マルムスティル王。
となるそうだ。
やはり女王とマルムスティル王の間には何かあったようだ。
王家にのみ伝わる歴史では、その辺のことが明らかになるのだろうか。
「では、最後に国王と正妻、そしてその子供達にだけ伝えられている歴史についてお話しします」
ヴォルーガはゆっくりと息を吸ってから、静かに語り出した。
「……マルムスティルの名を継ぐものは、伝説も正史も信じてはならない。女王の杖は実在する。決して魔石を近づけてはならない」
ヴォルーガが一同を見渡した。
「……これが王家だけに伝わる歴史の真実とされる事柄です」
え? これだけ? 俺は「これで終わりですか?」とヴォルーガに聞いた。
「ええ、終わりです。これは初代マルムスティル王直筆の遺言書に残された言葉なのです」
ヴォルーガが答えた。するとフレイアが「えっ!」と大声をあげた。
「初代マルムスティル王直筆の遺言書ですって? そんなものが残っているのですか、ヴォルーガ様!」
と、フレイア。
「ええ。たったこれだけの内容ですが、本物です」
ヴォルーガが答える。
「晩年のマルムスティル王は妄想にとりつかれ、精神を病んでいたという記録もあります。そのため、この遺言も妄想の一つとされあまり重要視されていませんでした。ですが、遺言であることには間違いないので、代々受け継がれてきたのです」
「……ですが、ヴォルーガ様、この遺言の内容は、女王の魂が語った内容と、一致する部分があります……」
フレイアがさらに言った。
「ええ、そうですね。私もそのことはずっと気になっています。もちろん、妹――ヴァルヒルダも、気にしていました。彼女は、この遺言こそ真実だと信じていました。その信念が古代魔法遺跡の発見につながり、そこで『女王の杖』を発見したというわけです。ロファールと共にね」
なるほど。そういう事情があったのか。
「『女王の杖』の研究に夢中になったヴァルヒルダは、とうとう女王の魂の復活に成功しました。そして、様々なことを女王の魂から教えてもらいました。その一つに魔石と女神像の話もありました」
俺は思い出した。杖に魔石をセットすると、杖が完全体になって、それを使えば女神像が復活できるとかいう、あれだ。
「女神像の復活で困るのは悪魔と契約したマルムスティル王家。だから、あのような遺言を残した……そう思うようになったのです」
ヴォルーガが話し終わると、一同を重い空気が包み込んだ。
だってそうだろう、どう聞いても、女王とヴァルヒルダの方が正しいとしか思えない内容なのだ。実際のところ、みんなはどう思っているのだろう?
ここは思い切って聞いてみよう。
「ええとですね、ヴォルーガさん、話を聞く限りでは、女王の話の方が正しいような気がするんですけど、ヴォルーガさんはどう思っているんですか?」
ヴォルーガは軽く目を閉じてから答えた。
「私は王家の人間です。正史と王の遺言を信じるだけです。それ以上でも以下でもありません」
……うまく逃げたな。
俺はフレイアに話を振ってみた。
「なあ、フレイア、君はどう思う?」
「私? ……私は、正直わからない。もし、ヴァルヒルダの方が正しかったらどうしようって思うわ。でも、私は王立魔法軍の士官よ。国王陛下のために戦うのが私の使命。だから、自分の任務を全うするだけよ。……リリカ、あなたもそうよね、あなたも王立魔法軍の士官だもの」
フレイアがリリカに話を振った。
「ごめんフレイア、私さー、王立魔法軍の士官って言われても、そこまで真面目じゃないんだな……。たださ、もし、ヴァルヒルダの話が本当で、女神像を解放して男女比が同じになったらさ、側室とかダメになるよね? そうなったら、私はロファールと≪契り≫を交わして、ロファールの子供産むこととかできなくなるだろ? それはさー結構嫌なんだよ。私、やはりロファール好きだからさ……。こんな時に告白してなんだけどさ。へへ。だから、うん、私は、ヴァルヒルダと戦うよ。……な、ルラル、お前もそうだよな?」
意味深な笑顔でリリカがルラルに言った。
「わ、私は王立魔法軍の士官として……戦うもん。ロファール様が怪我したら、ちゃんと、ち、治癒魔法するんだから……」
ルラルが胸に両手を当て、俺の目を見て言った。
リリカがにやーっと笑って、ルラルの肩を抱く。
「おいおい、ルラルってばさー、本当は私と一緒だろ?」
「な、なにが?」
「男女比が同じになったら、ロファールはお姉さんだけの旦那様になるんだぜ? そしたら、ロファールと≪契り≫を交わしたり、ロファールの子供産んだりできなくなるんだぜ。嫌なんだろ? 正直に言えよ、ルラル。ロファールにいろんなこと、してもらいたいんだろ?」
ルラルの顔が赤くなった。
「ち、ちがうもん! ……そんなこと、ないもん! な、なによ、いろんなことって……私、そんなこと、したくないもん」
「本当かなあ? いろんなことのなかみ、知ってんの?」
「し、しらないけど……」
「じゃあ、教えてやるよ」
リリカがルラルの耳元で囁いた。
「……え……そ、そんなところに……い、入れるの?……ほ ほ、ほんとに?……え……お口は……そ、そんなこと、するとこじゃないもん……え? 男の人は、それが好き?……は、はずかしい……まだ、あるの?」
ルラルが顔を真っ赤にし、さらにチラチラ俺の股間を見ながら話を聞いている。
あーこれは聞いてしまいましたね。十八歳になる前に。
「ちょっと、リリカ、妹に何教えているの! まだ十六歳なのよ! 早すぎるわ!」
「へへー、いいじゃん、いいじゃん。私とフレイアだって、十六歳の頃、もう知ってたじゃん。忘れたの?」
「そ、それは……そうだけど……」
なんだ、結構みんな知ってんだ。ヴァルヒルダは王家の娘だから、そう言うところは厳格なんだろうね。
ははは。
くっそう! 誰か教えとけよ!
(設定補足)
王家といえど、男女比はコントロールできません。よって、正妻に男子が生まれない場合、側室から生まれた男子を養子として迎え入れ、正妻を嫡母として育ちます。明治天皇や大正天皇と同じですね。




