カチンコチンなんです
……息が苦しい。のどに何か詰まっているような感覚だ。空気を吸いたいのに、空気が吸えない。
あ、そういえば、俺、正月に餅食って、のどに詰まって、確か兄貴が人工呼吸してくれて、数の子臭くて、気持ち悪くて……。
そのあと、確か異世界に転生して、いろいろあって、あとちょっとで「えっち」が出来るところまで、こぎ着けたんじゃなかったけ?
あれ? 身体が動かないぞ。石のように堅い。特に脚。腰。つまり下半身。
うっすら目が開いた。なんとなくだが、周囲が見える。石造りだ。遺跡っぽいぞ。遺跡?
……あ、古代魔法遺跡だ。思い出したぞ。ヴァルヒルダ! ヴァルヒルダだ! あいつ……あいつ……。
あいつと俺、何してたんだっけ?
……ナニかな? やっぱ、ナニだよね?
そうだった。ヴァルヒルダと子作りすることになって、いきなり抱きつかれて、「もう我慢できない! ロファールが欲しいの! 挿れて!」って言われたんだった。それで、俺の身体、特に下半身が石のようにカチンコチンになったんだった。だよね?
ん? 違ったっけ? なんか違うような?
まぶたに力を入れて、もう少し、目を開けてみた。
まだ、もやがかかったようにしか見えない。だが、俺の目の前には、明らかに美少女の顔があった。
そして、唇と唇が重なっている。むぐ、むぐ、と俺の唇の上でゆっくり動いている。
「……ん……んっ、んん……」と、その唇から、かわいくてセクシーな声が聞こえる。
やっぱり、ヴァルヒルダとベッドインしてんじゃね?
とゆーことで、俺はとりあえず、俺の上に重なっているヴァルヒルダと思われる少女をぎゅっと抱きしめた。少女の身体がびくっと震え、「んはぁ……」と言う声とともに、少女の身体からふわっと力が抜けた。
おいおい、とうとう、将軍様のお出ましか?
将軍様、出陣準備はオッケーですか?
行きますぜ?
あ、だけど簡単にはイかないでくださいよ?
俺が両手を少女の下半身へ滑らそうとしたその瞬間、少女は俺から離れ、大きな声で叫んだ。
「はぁ、はぁ……。ロ、ロファール様が、ロファール様が、息を吹き返しました!」
視界がだんだんとはっきりしてきた。
俺とキスしていたのは、ルラルだ。その後ろにフレイア。で、その隣がリリカ。
もう一人、紺色の髪で、切れ長の目が印象的な黒衣の美少女がいる。
……いや、少女じゃないな。二十代後半? 前半?
「ルラル、≪命の息吹≫ありがとう。あとは、私の解除魔法だけで大丈夫よ」
黒衣の切れ長美人さんが言った。
「……は……い」
ルラルが弱々しく笑った。
「ヴォルーガ様、やはり、これは石化魔眼ですか?」
フレイアが、ヴォルーガと呼ばれた女性に聞いた。
「ええ、そうです、フレイア。普通の石化魔法は、どんなに長くても、一時間しか石化を維持できません」
ヴォルーガが俺の顔をのぞき込む。
「……ロファール様は、少なくとも、一日は石化の状態にありました。魔眼による石化光線に間違いありません」
ヴォルーガが俺の身体をゆっくりとさすった。
「魔眼の石化光線は、解除魔法と≪命の息吹≫の両方がないと解除できません。それも強力な≪命の息吹≫がね。ルラルを連れてきて、正解でした」
……だんだんと、頭がはっきりしてきた。
そうだ。俺はヴァルヒルダに石にされたんだった。決してベッドインなんかしていない。あれは俺の妄想が見せた幻だ。
くそう。夢かよ! 幻かよ!
あれ? でも、キスは、本物だったぞ。ルラルが、おれに濃厚なキスを……。
あ、ルラルか……。≪命の息吹≫か。
俺は周囲を見渡した。そこには見慣れた顔が三つと、初めて見る顔が一つあった。
「……フレイア。ルラル。リリカ。えっと、そちらの方は……」
「王立魔法研究所所長のヴォルーガです。お忘れのようですね」
ヴォルーガ? どこかで聞いた気が……。ああ、あのクソ難しい本を書いた、あの、ヴォルーガ?
結構美人じゃないか。ジジイ、あるいは、おっさんかと思ってたのに。
所長ってことは、俺の上司に当たるのかな。俺より年上か、同じくらいかなあ。
「何で、君たちがここにいるんだ、フレイア」
「それはね……」
ヴォルーガが、フレイアの言葉をさえぎった。
「やっと、石化が解けました。これで、ヴァルヒルダによる洗脳や憑依、あるいは何者かが変身している可能性が無いか、魔眼で確認することができます。事情を話すのは、それを確認してからですよ」
ヴォルーガの目が青く光り出した。フレイアと同じタイプの魔眼だ。
「あ、ヴォルーガ様、そ、それは私が……」
慌ててフレイアが制止しようとする。
「これは、ロファールの上司である私の役目です。それに、あなたの魔眼より、私の方が能力は上ですから」
ヴォルーガはフレイアの制止を無視して、魔眼をから青い光を俺に照射した。
「……こ……これは、い、いったい……どういうことかしら?」
ヴォルーガの目から青い光が消えた。ヴォルーガがフレイアを見た。
「あなた、当然、このこと知っていたわよね」
ヴォルーガがフレイアを問いただす。ヴォルーガの顔が険しい。
「……はい」
「どうして、黙っていたのです?」
「そ、それは……」
あ、俺の魂がラーメンスープ色だって、バレたのかな?
「ルラル、リリカ、ちょっと席を外しなさい」
「……あ、あの」
ルラルが何か言いかけたが、ヴォルーガは「はやく」と強く命じた。
ルラルとリリカの二人は、ピラミッド型の建造物から出て行った。
ヴォルーガが俺に手をさしのべた。
「立てますか?」
「な、なんとか」
俺は立ち上がる。
「あなたの魂は……ロファールのものではない。異世界から来たようね」
そこまでわかるのか。さすがに、所長様だ。
「ああ、その通り。俺はもともとは別の世界の人間さ」
「……何らかの事故で不慮の死を遂げ、……ロファールの魂の代わりに、ロファールの身体に入り込んだ、そうですね?」
「ああ、たぶん」
いやはや、すごい魔眼だ。何でもお見通しだ。
ヴォルーガがフレイアの方を見て言った。
「精神時空跳躍を行います」
「え? それは危険です、ヴォルーガ様」
「それは承知の上です……この魂は、もう、永くは持たない。ヴァルヒルダと戦う前に、ロファールの肉体もろとも、崩壊します」
え? 今、なんつった?
戸惑う俺をよそに、ヴォルーガは再び、魔眼で俺を見始めた。
青白い光が俺を包む。ヴォルーガが、呪文を唱えながら、俺のこめかみを両手で押さえた。ガツン、とものすごい目眩が起こった。
目の前がぐるぐる回転している。ヴォルーガの呪文が耳の中で大きく鳴り響く。目眩が頂点に達し、視界が真っ白になった。
次の瞬間、俺は、実家にいた。
俺の隣に兄貴がいる。「やっぱイクラより数の子だよな、魚卵は!」と言いながら、数の子をポリポリ食べている。
両親もいるし、兄貴の嫁も子供もいる。
……元の世界だ。これ。
「くそ! 俺は元の世界に戻ってしまったのか!」
「違います」
俺の後ろから声がした。そこには丸裸の超美人が、立って……というか、空中に浮かんでいた。
「あ……そうですか……」
ヴォルーガさんである。若い娘と違い、未発達さのかけらもない、いい具合に熟した、大人のナイスバディが、宙に浮かんでいた。脚がきれいだなあ……。
えーと、丸裸なんで、いろんなところが丸見えです……ははあ、なるほど、髪の毛だけが紺色じゃないんですね、やはり……。
あの、マジで鼻血出そうなんですけど、ティッシュ無いですか?
「よく見なさい」
はい、よく見ます。いいんですか? じゃあ、凝視しますね。特に下半身……。
「私を見ても意味はありませんよ。あの男を見なさい」
ヴォルーガが差した指の先を見ると、見慣れた男が畳に座っていた。俺である。ジロウである。
「あ、俺ですね、あれ」
ヴォルーガさん、なんか、怖い感じがするんで、自然と敬語になってしまうな。
それはそうと、見たくもない俺の顔より、ヴォルーガさんのナイスバディのほうを、じっくり見たいんですけど……。
ん?
俺? 俺があそこに座っているのなら、今ここにいる俺は誰なんだ?
「足下を見なさい」
俺は足下を見た。……宙に浮かんでる。
「今、我々の魂は、あなたの死んだ瞬間の時空の『記憶』にアクセスしています」
「時空の『記憶』?」
「そう。すべての出来事は、時空によって、記憶されているのです」
なんだそりゃ?
「私の書いた『時空跳躍試論』は読みましたか?」
「……いえ」
「ロファールは読んでました。あなたにも読めるはずです。帰ったら読んでおいてください。細かい説明はその本に書いてありますから」
「はあ」
「今は、あなたとロファールに何が起こったのかを、時空の記憶から探ることが肝要なのです」
ヴォルーガが俺の手を握った。
「これから、記憶の真相に潜っていきます。何があっても、私から離れてはだめよ。記憶の闇に巻き込まれたら、もう助けられません」
「あ、あの、それはいいんですけど、さっき言ってた、俺の魂が永くは持たないとか、ロファールの肉体もろとも、崩壊するって話なんですが……」
ヴォルーガがふふ、と笑った。
「精神時空跳躍は、時空を飛び越えています。ここで何時間、何日間、いえ、何年間過ごしても、もとの古代魔法遺跡では全く時間が経過しません。ここにいる限り、あなたの魂は消えません。ロファールの肉体もね」
「はあ」
あーなんか、いきなり、めんどくさいことになったよ。




