古代魔法遺跡へ
いつまでもリリカの台詞を反芻していても仕方ないので、俺は家の中を探検した。
魔法学学者の家だけあって、書斎がある。机の上にはたくさんのメモと、数十人の少女達の集合写真があった。みんな同じ、黒い衣装だ。真ん中にロファールがいる。その隣にはヴァルヒルダ。おそらく、魔法学院クラス写真だろう。
書斎の奥に扉があって、それを開けると魔法実験室があった。薬草のにおいが漂っている。化学実験室のようにビーカーやフラスコ、試験管が整然と並んでいる。魔法石のサンプルらしきものが透明なケースに入っていた。サンプルはまるでLEDのように輝いている。
俺はそのサンプルを触ってみた。ちょっと暖かいかな、という感じがしただけで、ただの石だ。これをこうやって触れるのは俺と王家の男子だけなのか。
リビングに戻り、食事とかどうしたらいいのか、俺は考えた。買い物とかどうするんだろう。ま、それはリリカに聞けばいいか。
などと考えていると、扉をノックする音がした。勝手に扉が開いて、老婆が入ってきた。
「鍵をかけないとは、不用心じゃのう」
老婆である。
「もしかして、マルルか」
「そうじゃ。老婆に変身してきたのじゃ。ヴァルヒルダ様から聞いておるな?」
見た目、声、しゃべり方まで、完全に老婆だ。
「もちろん、聞いている」
「だったら、話が早い」
マルルはにやっと笑った。
「完璧な変身魔法だな」
「ヴァルヒルダ様の変身魔法じゃからの。ああ、それにしても、老人の身体は疲れやすいのう。耳も遠いし、目も見えにくいし。あと、膝が痛いぞ。早く元の姿になりたいのう。ありえないのう」
そんなとこまでリアルに作り込んでるのか……。
「さて、お主も変身するがよい。ロファール様の姿では王都を出るのは不可能じゃ。ほら、ぼーっとしてないで、早く変身魔法を自分にかけるんじゃよ」
「あ、あのなマルル。実はだな、俺、今変身魔法が使えないんだ」
「なんじゃと?」
「その、記憶喪失になってるんだ」
「記憶喪失じゃと?」
「そうなんだ。なので、いくつかの魔法がまだ思い出せない。変身魔法もその一つで、変身できないんだよ」
「うーん、それはありえないくらい、超困った」
マルルは考え込んでしまった。
「仕方ない、少し危険だが、ヴァルヒルダ様に連絡とってみよう……この家には鏡はあるかね?」
「ああ、洗面所にあったぞ」
「よし、一緒に来い」
俺とマルルは一緒に洗面所の鏡をのぞき込み、ヴァルヒルダの名を三回唱えた。
すると、鏡にヴァルヒルダが現れた。
「マルル、どうしたの? 王都で鏡の魔法を使うのは危険なのよ。王立魔法研究所があるんだから」
「わかっておりますですじゃ。ですが、一大事ですのじゃ。ありえないのですじゃ」
「何があったの?」
「ロファール様が、変身魔法を忘れてしまいましての……なんでも、記憶喪失とかで……」
「えー! ちょっと大丈夫、ロファール? あたしのこと忘れた? フレイアのことは忘れていいのよ!」
「……ああ、大丈夫だ。ただ、結構な数の魔法を忘れてしまってな。変身出来ないんだ」
鏡の中のヴァルヒルダがうーんとうなっている。
「マルルは変身魔法習得してないし……。仕方ない、鏡の魔法で変身魔法を送るね。たぶん大丈夫。はやくやろ。魔法研究所の探知機に引っかかったら面倒だからね」
ヴァルヒルダは俺に鏡に全身が映るように立ってほしいと言った。俺はその通りにした。次の瞬間、ヴァルヒルダの口元がものすごい早さで動き、鏡の中から何らかのパワーが送られてきた。
数秒後、俺は老婆になっていた。すごい。ヴァルヒルダ、着々と鏡の魔法を身につけているようだ。
「すごいな、ヴァルヒルダ。あれ?」
声がロファールのままだ。
「おい、ヴァルヒルダ。声は老婆じゃないぞ」
「うーん、鏡経由だとそれが限界。ごめんね、ロファール」
マルルが会話に割り込んできた。
「ヴァルヒルダ様、これ以上の会話は危険ですぞ。魔法研究所に見つかってしまいますぞ」
「うん、そうだね。あの探知機、すごいんだよ。なんてったってあたしとロファールで改良したからね! 覚えてる? ロファール」
「あ、ああ、なんとなく」
つい、嘘を吐いてしまった。
「ほんとー! うれしい! じゃあ、そろそろ鏡の魔法終わらせるわね。ロファール、もうすぐ会えるね、待ってる!」
またもや投げキッスを連投しながら、ヴァルヒルダは消えていった。
「よし、これで王都を出られるぞ。怪しまれないよう、ロファール殿は黙っておれ」
マルルが言った。
「わかった」
俺とマルルは家を出て、大通りを歩いた。三時間ほど歩いたろうか、やっと王都の外れにまで来た。外へ通じる門があり、警備兵が立っている。マルルによれば門は魔法障壁によって守られているそうだ。
「おい、マルル、ここからどうするんだ」
「簡単じゃよ、薬草を採りに行くと言えば、通してくれるはずじゃ。超簡単じゃ。ありえんくらいにのう」
実際、門では警備兵が俺たちを呼び止めたが、マルルの言う通り、薬草を採りに行くと言ったところ、あっさり通してくれた。
「意外とあっけなかったな」
俺は森へと続く道を歩きながら言った。
「……それはそうと、俺たちいつまで変身魔法のままなんだ?」
「あの森に入るまでじゃ」
しばらく歩くと、森の中に入った。
「よし、もう安全じゃ。変身魔法を解除するぞ」
マルルが老婆からビキニねーちゃんに戻った。
「どうやって解除するんだ?」
「こうするの!」
マルルがおれに向かって呪文を唱えると、俺は元に戻った。
「あーもー、本当に何もかも忘れてるぅー」
「まあな」
マルルは不満そうにぶつくさ言いながら、俺を先導してくれた。
「ここから先は空を飛んでいくよ。私についてきて」
え? 遺跡には空飛んでいくの?
「なあ、マルル、俺、空を飛べないんだ」
「んあ? なんで? ……まさか、飛翔魔法も忘れたとか?」
「その、まさかだ」
マルルが呆れ返る。
「ありえなーい! 飛翔魔法忘れるなんて、ありえなーい!」




