俺はわかったね、異世界に転生したって
「はやく、ルラルを医務室へ!」
「わかりました、フレイア様」
あの金髪ちゃんはフレイアというのか。
もっと彼女の胸を凝視していたかったが、俺は寝てしまった。
それから何時間たったのだろうか。気がつくと俺はベッドの上にいた。
俺は、あのフレイアってえっちな人が言っていた「魔法」という言葉が気になっていた。
そう、魔法。魔法なのである。
これが俺でなくあのエリートの兄貴だったら、状況を理解できずゲシュタルト崩壊を起こし、精神に異常をきたしていただろうね。
だが、俺は違う。伊達に二十八歳まで彼女いない歴を更新し、ゲーム業界で廃課金をカード破産に追い込んでいたわけではない。趣味と実益を兼ねて俺はラノベやファンタジーはたくさん読んでいる。
だから俺はわかった。俺は正月に餅をのどに詰まらせて死んだ後、剣と魔法の異世界に転生したのだ。
それも、ロファール様とかいう、ハイスペックキャラに転生した。おそらく勇者様だろう。
見た目はどうなんだろう? 鏡はないのかな。俺は上半身を起こして部屋を見渡した。
鏡はなかった。
「気がつきましたか?」
俺の隣に、フレイアが座っていた。
「え、あ、うん、気がついたというか……」
さっきは気が付かなかったが、金色の美しい髪はくるくるっと後ろの方でまとめてある。顔のパーツが整っており、大人っぽく見えるが、よくみるとまだまだ顔に幼さが見える。二十歳前後といったところだろうか。
フレイアは扉を閉め、鍵をかけた。
「ロファール! よかった!」
俺にいきなり抱きついてきた。もわん、と大きな胸の感触。
ごちそうさまです。
「私、ロファールが死んだと思ったのよ。でも、私、天空要塞の副司令官しょ、あなたにもしものことがあっても、私は毅然と指揮を執り続けなきゃいけないって……。だから、私、絶対取り乱しちゃいけない、絶対取り乱しちゃ駄目って頑張ったんだけど……だけど……あんな攻撃受けたら、さすがのロファールでも死んだと思って……私、副司令官である前に、あなたのフィアンセなんだよ! フィアンセが死んでまともでいられるわけないじゃない!」
フィアンセ。それはすなわち婚約者。ゆえに、フレイアさんの豊満な胸は俺のもの。
そっかー、フィアンセか。フィアンセだよ。こんな美人が。いいよね。
フレイアは「よかった、ほんとによかった」と言いながら俺にしがみついている。俺はじっくり彼女の顔(と身体)を見た。
長い睫に大きな瞳。桜色の唇。ちょっと細めの首と肩。なのに胸はボリュームたっぷり。うーん、好みだ。可愛いなあ、美人だなあ、と、俺はフレイアちゃんをじーっと眺めた。
「ねぇ、ロファール、さっきから何も喋らないんだけど、どうしたの?」
……それは喋るといろいろとボロが出そうだからさ、と言うわけにも行かないので、ごく短く「まだあちこちが痛くてな……」と答えた。なかなかいい声だ。
「どこ? どこが痛いの?」
フレイアが少し冷たい手で俺の身体のあちこちを触りだした。
はい、もう少し下半身お願いします、そうヘソの下、いや、もっと下へ、と言おうとしたけど、やめといた。
でもフィアンセだからさ、それくらいえっちな冗談いいよね? だめかな? 貴族っぽいしそういう下品なことはやらない?
「もしかして、まだ怪我が治っていないの? もういっぺんルラルに治療させようか? あの娘が一番、治癒魔法力が高いのよ。……あ、でも、やっぱりルラルはだめだわ。いくら治療に必要だからって、あなたにキスしたのよ。ずるいわ!」
ルラル? ああ、最初俺に人工呼吸していた銀髪ちゃんね。あの子可愛い。
ちょっと垂れ目だったね。声もややハスキーで、見た目内気そうで、でも大胆で。
「……もちろん、あの≪命の息吹≫は必要だったんだけど、でも、いきなりだったの。私の命令より先にルラルはあなたに駆け寄って唇を重ねたんだから。あのおとなしいルラルがだよ。きっとロファールのことが好きなんだよ。あ、もちろん、ルラルがロファールのことを好きなのはいいんだよ、でも、でもね……」
あの人工呼吸、あれも一種の魔法だったのか。命を吹き込んでもらったんだ。
なるほど、自分の生命力を犠牲にして俺に生命力を口移しでくれたのか。感謝。あとでお礼しておこう。お礼はチューでいいかな? それとも?
「ねぇ。ロファール。私、この国のルールはわかっているつもりよ。だから、あなたが他の人とどういう関係になっても、私は文句は言えないの」
え? それって浮気公認ってことか?
「男子が百人に一人しか生まれない以上、数少ない男性が多くの女性と≪契り≫を結んで、たくさん子供を産ませるのは、仕方ないことなの。そんなのわかっているの。でもね……」
フレイアが急に黙った。
「ロファールの唇は私だけのものなの……」
悪戯っぽくフレイアが笑って、その後、軽く唇を突き出して目を瞑った。
これはキスしてってことだよね?
仕方ないなあ。キスしてやるか。
舌とか入れちゃってもいいのかな?
いいよね?
フィアンセなんだし?
じゃあ、入れるよ。
……待てよ。今フレイアちゃんなんて言った?
「男子が百人に一人しか生まれない」?
「数少ない男性が多くの女性と≪契り≫を結んで、たくさん子供を産ませる」?
つまり、それって……
フレイアちゃん以外にも、気に入った女の子いたら≪契り≫すなわち子作りすなわち……しちゃってオッケー! ってこと?
ていうか、オッケーどころか、それが俺の使命?
種付けが?
よかった。正月に餅食って死んで良かった。
死ねばこんな良いことがあるなんて。
もっと早く死ねば良かった。
これからの人生、俺はこの異世界繁栄のために、俺の下半身を惜しみなく提供するぜ!
ということで、あとで俺に惚れているらしいルラルちゃんのとこいって、さっそく種付け、じゃなかった、≪契り≫とやらをやりましょう! そうしましょう!
おっとその前に、目の前でキスしてポーズのフレイアちゃんですな!
フレイアはフィアンセで……今俺達はベッドにいて……わざとらしくヤキモチ焼いて俺を誘って……って、これは今すぐ≪契り≫ですか?
俺は伊達に彼女いない歴二十八年ではない。エロ漫画からAVまで、俺のそっち方面の知識はすでにチョモランマ級だ。
俺はフレイアの肩を抱き、正確にフレイアの唇目指して自分の唇をにゅーと突き出した。いきますよー。さあ、レッツ≪契り≫!
まずは前戯からだね。親しき仲にも前戯ありってね……! やったことないけど!
「……!」
まさに俺の唇がフレイアの唇と重なろうとしたそのとき、フレイアが俺をどんと突き飛ばし、華麗にバク転しながら俺のベッドから遠ざかった。
フレイアの目が青く輝いている。目からはレーザー光線のような、文字通り「眼光」が出ている。
その「眼光」は俺の身体を高速でスキャンしている。
おそらくあれは魔眼だ。遠くの敵を発見したり、変身を見破ったり、ものを透視できたりするんだ、きっと。
あーあ、とうとうばれたか。俺がロファールでなくジロウだってことが。
たぶん、フレイアは次にこう言うだろう。「あなた何者?」