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銀髪ちゃんは夢中で俺に唇を押し付ける

「ジロウ、おめーよー、いつまでそんなインチキな仕事やってんの? 恥ずかしくね?」

 お屠蘇うめー、お屠蘇うめー、この薬っぽさたまらん、と何杯もお屠蘇を飲み、お屠蘇で酔った兄貴が、いきなり俺に説教垂れだした。


 俺の兄貴は有名大学法学部を卒業し、大手企業に就職のエリートだ。


 俺は二十八歳、独身、彼女無し。正確には彼女欲しい歴二十八年。えっちしたい歴二十八年ともいう。

 とあるゲーム会社でスマホ用ソシャゲの運営を担当している。


 具体的には短時間に何万円もつぎ込むカモを発見し、ガチャの確率をガンガン絞り込むという鬼畜な仕事だ。


 すると、かなりの確率で、カモは何十万も課金。気がつけばカード上限まで使い切りカード破産まっしぐら、というわけ。


 兄貴の言う通り「インチキな仕事」だ。


 俺は「あー、そうだね、ごめんな兄貴」と適当に返事をしつつ雑煮を食った。


「んがんん」


 昭和のサザエさんの真似ではない。

 雑煮の中でふやけていた餅がノドの奥にベターとへばりついたのだ。息ができない。

 隣に座っている兄が俺の異変に気がついた。


「死ぬなジロウ、お兄ちゃんが助けてやる! ジロウ! ジロウ! ジロウーッ!」


 いきなり俺の口に指を突っ込んで、俺の名前を連呼した。

 あーあんまりジロウジロウ言うなよ。

 その名前のおかげで俺がどんだけ苦労したか。


 高校時代から今に至るまで、俺のあだ名は「ニンニクマシマシ」だぜ。

 なんであだ名の方が本名より長いんだよ。


 それはともかく、兄貴が指を俺の喉奥に突っ込んだせいで、餅は奥へ奥へと行ってしまった。

 そして、完全に肺の入り口を塞いでしまった。


 おい、兄貴、何やってんだよ。俺を殺す気か?

 ていうか、マジ、これやばいだろ。本気で息できないし、声も全然出なくなった。


 俺、死ぬの?


 そう思った瞬間、兄貴がいきなり俺にキスしてきた。

 こいつ、まさか俺のこと……。


「ジロウ! 今お兄ちゃんが人工呼吸してやるからな! 死ぬな! ジロウッ!」


 人工呼吸? いや、餅を喉に詰まらせたら、人工呼吸の前に「背中叩く」とか「みぞおちパンチ」とかじゃないのか?

 ていうか、兄貴、人工呼吸でなんで舌入れてんの? それじゃキスじゃね?


 俺、もう死にそうなんだけど。色んな意味で。


 人生最初にして最後のキスが男の唇、それも実の兄、というのは、あまりにも悲惨じゃないか?


 あとめっちゃ数の子臭い。


 ……というわけで。


 二十八歳の正月。俺は餅をのどに詰まらせて死を迎えつつあった。正月って火葬場やってんのかな? 葬儀場は? ま、どうでもいいか。


 だんだん苦しさが消えてきた。数の子臭さも同時に消えたぽい。あと数秒で死ぬな。


 ……で、死ぬつってんのに、いっこうに兄貴の唇の感触が消えないんだけど。


 嫌なんだけど。なあ兄貴、いつまでキスしてんの! 俺、死ぬからやめてくんないかな?


 ……ん? んんん?


 んあ?


 兄貴の唇こんなに柔らかくていい匂いだっけ?

 数の子臭くないぞ……。

 もしかして……俺……死の直前に変な趣味に目覚めてしまったのか?


 すーっと光が戻ってきた。


 夢から覚めるかのように意識がぐぐぐと闇の底から戻ってくる。


 もしかして、兄貴の人工呼吸が効いた? つまり蘇生成功? だとしたら兄貴に感謝だ。

 俺は目を開けた。


 すると、そこには兄貴の油ギッシュな浅黒い顔が……無かった。


 そこには、目をつむった銀髪の美少女の顔があった。


 彼女の小さな両手が俺の頭を支えている。

 彼女は目をつむって俺に唇を重ね、やわらかく、ゆっくりと、甘い息を俺の口の中に吹き込んでいた。


 え? 女の子?


「ん……んっ……ん」

 銀髪ちゃんは目をつむったまま、夢中で俺に唇を押し付け、動かしている。

 これってディープキス?

 いや、息が吹き込まれているから、人工呼吸?


 俺が目を開けたことに銀髪美少女ちゃんは気がついたらしい。彼女も目を開けた。

 ふわっと、ピンク色の唇が俺の唇から離れた。甘い吐息が俺の顔にかかる。

 銀髪ちゃんは大きな瞳にたっぷり涙を浮かべ、立ち上がって言った。


「ロファール様! ロファール様! よかった! みなさん、ロファール様が、ロファール様が!」


 ロファール様?

 

 いや俺はジロウなんだけど。あだ名はニンニクマシマシなんだけど。


 急速に意識がはっきりしてきたので俺は起き上がってみた。

 俺を数人の女性たちが取り囲んでいる。女性、というよりは少女かな。ぱっと見みんな未成年?


 ああ、みんな可愛いな。服装は……中世ぽい、というか王道ロープレぽいドレス。

 生地はなかなか薄い。結構ボディラインが透けて見えていて、なんというかすごいえっちだ。


 なかでもひときわ美しく、胸の大きな金髪美少女が俺の近くへやって来た。

 やはり、彼女も目に涙をたっぷり浮かべていた。


「よかった……ロファール様。もう駄目かと思いました。さすが、王国一の超魔道士様です」

 金髪ちゃんが俺を見て言った。


「ルラル、ありがとう。あなたのおかげよ」

「とんでもありません。私こそ、ロファール様のお許しもないのに、唇を重ねるという破廉恥なことを……」

 金髪ちゃんが銀髪ちゃんに言った。


 さっきまで俺にチュー? 人工呼吸? していた銀髪ちゃんはルラルというらしい。

「何言ってるの、あなたの治癒魔法がなければ、あなたが口移しで≪命の息吹≫を吹き込まなければ、ロファール様は助からなかったわ。きっとロファール様もお許しくださるはず。そうですよね、ロファール様?」


 いきなり俺に振られても。

 まだ思うように声も出ないし、そんなに身体も動かないので、とりあえず、俺はうんうんと頷いた。


「ありがとうございます……ロファールさ……ま……」


 ルラルという名の少女はそのまま倒れてしまった。

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