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異世界大使館の楽しみ方  作者: 久条 巧
8/9

8th・時間と時計と

時計のない時代。現代人はそれを不便と感じるでしょう。

ですが、時間という概念のなかった時代には、果たして不便と感じることがあるのでしょうか。

異世界ギルドの朝は早い。


地球なら朝9時業務開始、終業時間午後5時半と言うところだろうが、ここは異世界。

朝は日が昇る五時ごろから、日が沈む十八時ごろまでが就業時間である。

もっとも、途中途中で適当に休憩をとったり、地球人アーシアンの勤務時間はシフト制になっていたりと、それ程ブラック企業感は感じない。


「おはようございます」

朝十時。

地球人アーシアンの出勤時間に、赤城はのんびりと転移門ゲートをくぐってやって来る。

検疫室で浄化の魔法陣に乗り、雑菌を持ち込まないように浄化されると、職員用入り口から事務室に入る。

真っ直ぐに自分の担当カウンターに向かうと、そこに置かれている仕事の指示書を確認。

そして一日が始まる。


「今日の仕事は……おや?」

本日の業務は正午にやって来る視察団の案内。

日本国の資源調査団がやって来るので、同行して通訳を担当するのが本日の仕事である。


当然ながら、残業はない。

夕方五時の教会の鐘で赤城の仕事は終わり。

その後はどれだけ働いても残業手当などでない。

なので、五時の鐘の音がなると、当直以外は皆仕事を終わらせて帰ってしまう。


「フィリップさん、今日の仕事ですが、十七時までに宿まで案内しなくてはならないのですよね?これって、視察団の都合で時間が伸びる場合はどうするのですか?」

「まあ、そのまま放置して構いませんよ。時間まで戻らなかった視察団が悪いのですから」

あっさり。

「ですが、それでもし何か事故に巻き込まれたらどうしますか?」

「それは自己責任ですよ。まあ、鐘の音と同時に仕事を終わらせることもありませんから、それよりも早くもどってきて構いませんよ……確か、赤城さんは時計と言う時間を正確にはかる機械を持ってあるのですよね?」


異世界には機械類の持ち込みは禁止である。

が、異世界ギルドの職員は、その勤務内容の関係上、持ち込みは許可されている。

が、それは勤務用もしくは個人で使うのであって、査察団などが悪用しないようにと釘を刺されている。


「はい」

「では、鐘がなる時間を逆算しておいて下さい。私たちは教会の鐘で時間を知り、それで行動します。ですが、地球人アーシアンは時計できっちりと計らないと落ち着かないのですよね?」

「まあ、そうですねぇ。最初にここにきた査察団も、時計はないのかと文句を言ってきたぐらいですから……」

「まあ、その辺りもうまく対処して下さい。では、お願いしますね」


フィリップの言葉に返事を返して、赤城は早速、本日の視察団のメンバーリストに目を通し始めた。


………

……


──ボムッ

正午になって視察団が転移門ゲートを超えてやって来る。

そして機械類の持ち込み禁止にもかかわらず、隠して持っていこうとする輩がいる。

カウンター越しに怒り心頭な40代の男性も、その輩の一人である。

今回の視察団に同行したどこかの建設業者のお偉いさんらしいが、そんな肩書きは異世界では全く効果を持たない。


「うわぁぁぁ。この測量機高いんだぞ、どうしてくれるんだ?」

アルミケースに入った測量機を堂々と持って出てこようとしたお偉いさんが、壊れた光学測量機をカウンターに置いて文句を言う。

だが、赤城の隣のエルフの職員は努めて冷静。

「中で持ち物チェックの時に説明しましたよね?機械類の持ち込みは禁止ですって。もし壊れても自己責任ですって」

「あ、いや、しかし、間違って持ち込んでしまったものもあるだろうが?」

それでも引かない視察団メンバー。

なので、赤城は手助けとばかりに、壁に貼り付けてある注意書きを指差す。

「スマートフォンや腕時計なら、つい、ということもあるでしょう。ですが、そんな大きなアルミケース、つい間違ってというには余りにも大きすぎませんか?」

「チッ……わかったよ」


吐き捨てるように呟くと、アルミケースをカウンターに預けて手続きを始める。

そきて最期のメンバーがやってきた時、赤城はふと頭を捻る。


「あれ?あの、その時計、壊れてないのですか?」

そう問いかけたメンバーの腕には、しっかりと腕時計が嵌められている。

しかも、どこも壊れたような雰囲気はない。

機械類なら、転移門ゲートのあるエリアから事務室へ出て来る時に、結界に反応して破壊される。にもかかわらず、腕時計は何処も壊れていない。


「ああっ、しまった!すぐに外しますので。預かり証お願いしますね」

ガチャガチャと腕時計を外すと、それをカウンターに置く。

赤城はそれを受け取ると、思わずしげしげと眺めてしまう。

「あら?これって手巻き式ですか?」

「ええ。祖父の形見でした。肌身離さず持っていまして……壊れてしまいましたか」

少し残念そうに呟く男性。

するとらフィリップが赤城の下までやって来る。

「それは機械類ですか?」

「機械といえば機械なんですけど、電気式ではなく手動でゼンマイを巻き上げて動かすものでして……それで、これ壊れていないんですよ」

そう赤城が説明すると、フィリップがふむふむと頷いている。

「赤城さん、そちらの時計は預かる必要はありませんよ。ゼンマイという機械が壊れなかったのは、おそらく我が国以外のどこかでそれを開発しているのでしょう。なので、こちらの世界にあるギミックで動くものとして、結界も壊す必要なしと判断したのでしょうねぇ」


ニコニコと笑うフィリップ。

すると、目の前の男性も嬉しそうに腕時計を手に取ると、ニッコリと笑う。

「戦争から戻ってきた爺さんの形見なんですよ。毎日朝起きたらネジを巻いてあげないと、夕方には止まってしまいます……不便ですけれど、大切な時計なんです」

そのまま腕時計をつけると、男性は手続きを終えて外に出ていった。


そして、後日、異世界ギルドの持ち込み可能品リストの中に『手巻き式時計、自動巻は除く』という追加文章が書き加えられることになった。


──ボーンボーン

就業時間の終わりを告げる、異世界ギルドの柱時計。

その音を聞いて、フィリップは時計の重りを下まで引き下げる。

「何も全てを規制する必要はないのですよ。大切なのは、それを用いている人の心です。まだ、私たちの世界は異世界と繋がったばかり、好奇心の方が優っている今は、まだ規制した方が良いのでしょうけれどね……それでは」

異世界ギルドの一日が終わる。

そしてまた明日、新しい一日が始まる。

その光景を、柱時計はゆっくりと眺めているのだろう。




誤字脱字は都度修正しますので。

その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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