1st 異世界は唐突にやって来る
これは、『異世界ライフの楽しみ方』と同じ世界、同じ感覚ではありますが、主人公がマチュアとストームから赤城湊という女性に視点が変わっています。
レコードのA面とB面のような関係と思って頂けると幸いです。
2020年。
今年は東京オリンピックが開催される年。
東京をはじめとする各都道府県では、競技会場や応援観光など、様々な催し物が開催されている。
オリンピックの開会式まであと3ヶ月後の4月24日。
北海道は札幌市で、その事件は起こった。
「‥‥三番さんのハンバーグ定食上がりました、続いて十五番エビフライ定食とミックスフライ定食も上がりです」
いつものように忙しい昼。
北海道庁旧本庁舎、通称赤レンガ庁舎横に併設されているレストランは、いつものように混雑している。
「ミナトちゃん、新規でハンバーグ定とヒレカツ定食、あと麻婆タンメン二つ。九番さん入りました」
「チーフ、名前でなく名字でお願いします」
「はいはい。赤城シェフお願いしますね」
「全く。新規入りました‥‥」
ここまでが、私のいつもの日常。
赤城湊、28歳。
職業・調理師。
彼氏なし。
勤務先、北海道庁旧本庁舎併設レストラン『赤煉瓦亭』。
2020年に東京オリンピックを控え、北海道でも観光客を確保するために様々な取り組みが行われた。
その一つが観光課の推進した北海道庁赤レンガ活性化。
建物のすぐ隣に赤レンガ造りのレストランを併設し、そこで北海道のさまざまな食材を使った料理を提供しようというものである。
赤城は調理師免許習得後、北海道庁赤レンガ庁舎の資料館に就職したものの、このプロジェクトメンバーに抜擢され、そのまま実務経験者としてレストラン勤務となったのである。
「赤城シェフ、追加オーダーです。鮭のホイル焼き単品で二十五番です」
「はいはい。先にヒレカツ上がりましたのでお願いしますよ」
──ドクン
出来立て熱々のヒレカツ定食をカウンターに並べた時、突然目眩に襲われる。
「ふぁ?おっと危ない」
ふらっとして倒れそうになる湊だが、すんでのところでカウンターにしがみつく。
「赤城ちゃん大丈夫かい?」
「まさか空腹で倒れそうとか言わないよね?」
同僚のシェフたちが笑いながら話しかける。
が、今は全く問題ない。
「貧血かな?いや。ちがうなぁ‥‥まあ、大丈夫ですよ」
そう告げながら持ち場に戻る。
そして一通りのメニューをこなしていく。
そして3時にはレストランは休憩時間に入る。
4時までの一時間のうちに、シェフやホールの従業員は食事休憩に入るのだが、この時になってようやく何が起こったのか理解できた。
「‥‥なんだあれ?」
北海道庁赤レンガ正面広場。
入口の正面にある広い場所に、突然銀色の巨大な扉が現れた。
高さ3mほどの両開き扉、材質は不明、綺麗な彫刻の施された扉である。
「ちょっと見てくるかな?」
火をつけて加えたばかりの煙草を灰皿で消すと、湊はレストランから外に出ると、その、扉の近くへと向かった。
すでに大勢の観光客や道庁職員が集まって扉を調べているらしい。
「全く誰だ、こんな所にこんなものを置くなんて」
「今日明日はこんなイベントはスケジュールにありません。誰かの嫌がらせでしょうか?」
職員たちはブツブツと文句を言いながら扉の撤去を始める。
それを遠くから眺めていると、ふと扉がユラッと陽炎のように揺らめいた。
──ユラッ
「おーい、扉が揺らめいたよ〜」
「はぁ?そんなことがあるわけないでしょ?電源も何も付いてませんよ」
「いや、そうなんだけどさぁ?」
ポリポリと頭を掻きながら少しだけ近づく。
「誰かと思ったら赤城かよ。で、扉が揺らめいたって言ったよな?何処がだ?」
──ユラァァァッ
「今でも揺らいでるなぁ。それに‥‥」
扉の揺らめきはさらに強くなり、やや虹色の輝きが発生し始めた。
「あ、あら?これはやばいかも‥‥扉が輝いてるよ?」
赤城がボソッと呟く。
すると、遠くから見ていた観光客もそれに気がついたらしく、あちこちで声が聞こえてくる。
「輝いてあるだって?いったいどこが‥‥ほ、本当だ」
職員たちは慌てて後ろに下がる。
すると、扉の輝きは徐々に大きくなり始めた。
やがて遠くからパトカーのサイレンも聞こえてくると、先行して警官が三人やってくる。
──ガチャッ
道庁赤レンガ正面正門前にパトカーを止めると、三人の警官が扉に向かって歩いてくる。
「通報を受けてやってきました。これが話にあった動かせない違法廃棄物ですか?」
そう説明を求めてくる警官に対して、観光課責任者の三笠浩一課長が対応を開始。
「ええ。最初は受付に問い合わせがありまして。あの扉は何かのイベントですかと。現在のスケジュールでは、そのような催し物はありませんし、業者が置いて言ったという形跡もありませんので」
「なるほどね。一人中に入って話を聞いてきて、私とあと一人で調べるから」
そう話すと、三笠課長と警官が道庁に向かう。
そして残った警官が扉に近づくと、手袋をはめてあちこち調べ始める。
──トントン
軽くノックする警官だが、そんなことでノックし返してきたらどうするのかな‥‥と苦笑してしまう。
「君は、ここの職員かな?」
突然若い警官が赤城に話を振ってくる。
「は、はい。そこのレストランで勤務しています赤城と申しますが」
「出勤時には、これはあった?」
「いえ、ありませんでしたけど‥‥」
──キィィィィィィィィィンッ
再びめまいと耳鳴りが赤城を襲う。
そしてそれは赤城だけではない。
近くの観光客のうち何人かが、耳や頭を抑えてうずくまってしまう。
気がつくと、遠くから何処かのテレビ局がカメラを待って走ってくる。
夕方のバラエティにはまだ間に合うが、私はテレビに出たくはない。
フラフラとテレビ局の人達から離れて警官の元に近寄った時。
──ピカァァァァァァァッ
扉が七色に輝くと、ゆっくりと開き始める。
「うわっ‼︎まぶしいっっ」
慌てて手で目を覆うと、どうやら扉が開いたらしい。
それには警官も驚いて身構えるし、カメラマンは急ぎカメラを回し始める。
おめでとう、これがスクープだったら君は局長賞間違いなしだ。
──スタッ‥‥
開いた扉から、何かがやってくる。
趣味が読書と音楽鑑賞の赤城の脳裏に、さまざまな知識が走り始める。
そしていわれもない高揚感と感動が、赤城を包み込んだ。
彼女の目の前には、中世ヨーロッパの騎士のような鎧に身を包んだ男性と、白銀色のローブに身を包んだ濡れるような黒髪の女性が立っている。
「ダズ、エルク、ラマンダス、ラガナ、ラグナ・マリア」
威風堂々とその女性は叫ぶ。
頭から被っていたフードを外した時、私の興奮は頂点に達した。
黒髪の女性の耳がぴょんと横長になっている。
ファンタジー小説の世界のエルフである。
「うっわ。リアルのディードリットだ」
小声でそうつぶやいた時、気のせいかエルフが此方を見たような気がする。
「き、貴様たちなにものだ!抵抗するなよ」
一人の警官がゆっくりと二人に近づくが、騎士は警官に向かって右手を差し出して動きを制する。
「ガナ、マチュアラグ、ワスラグド、ルルガ、エッセル」
「ガハマ。ラグ‥‥私の言葉がわかりますか?」
突然エルフの女性が日本語を話した‼︎
「あ、ああ。これはなんだね?ここでの演劇やイベントの許可は取っているのか?」
一人の警官が声を荒げで叫ぶが。
「まあ、そう思うのも無理はありません。私たちはあなた達でいう異世界。カリス・マレスの地よりやって参りました。どなたか話のわかる方との謁見を希望します」
堂々とした口調で話しかけてくるエルフ。
しかし。
「どうしてこの人カメラ目線なんだろ?見たことないものに興味を持っているだけかな?」
赤城がそうボソッと呟く。
そしてこの状況を見ていた道庁職員達が建物から飛び出してくる。
「訳のわからないことを。それに貴様、その腰の剣はなんだ?本物なら銃刀法違反で逮捕させてもらうよ」
警棒を手にとって騎士に向かって近づく警官だが。
「私たちの世界には、そのような法律はありませんわ。そうですねぇ。では、外交特権として所持権利を主張しますわ。あなたの国が私たちの国と今後も良き関係を続けたいのであれば、手出しは無用にお願いします」
そう告げると、エルフの女性は近寄る警官に向かって右手を差し出す。
そして手のひらを上に向けると、ゴウッと掌に焔を生み出した。
「君は異世界から来たと言ったね。それをすぐに仕業らわけにはいかない。せめて自分たちが来た世界や国名、名前ぐらいは告げて欲しい」
一番年配の警官が穏やかに話しかけてくる。
すると、エルフの女性もコクリと頷くと、手のひらの炎を消した。
「では改めて。私の名前はマチュア・フォン・ミナセ。こちらは私の護衛騎士のゼクスと申します。我が国名はカナン魔導連邦、私の住む世界は異世界カリス・マレス。私たちは日本国と国交を結びに外交使節としてやって参りました‼︎」
凛とした表情でそう叫ぶ、マチュアと名乗ったエルフ。
その圧倒的な迫力に、警官達も気圧されてしまう。
「そ、そんな演技で騙されると‥‥」
一人の警官がゼクスに近寄ろうとするが。
「それで襲いかかるのでしたら、私たちは身を守るために剣を抜きますが宜しいかな?」
ゼクスと呼ばれた騎士が、警官に向かってゆっくりと腰を落とし、剣の柄に手をかける。
「やめろ、一旦、本部の連絡を待つ」
「しかし、どう考えてもおかしい奴らです。こんな奴らとっとと捕まえないと」
そう必至に弁明する警官を後ろに下げると、警官がマチュアの方に少しだけ近づく。
「マチュアさんと言ったかな? 何か身分を証明するものがあればそれを提示して頂きたい」
「成る程。あなた達にこの文字が読めるかわかりませんが」
マチュアはそう告げながら、手の中に一枚の金色のカードを生み出した。
「はぁ‥‥今度は手品かぁ。もうお腹いっぱいですよ」
そう呟きながら、赤城もその場で一部始終を眺めている。
なんというか、直感的にこれは見て覚えておいた方が良いと感じたのである。
「成る程、これは読めませんね。一旦お預かりして構いませんか?」
「それは私の魂から生み出した身分を証明するものです。嘘偽りないものですが、私から離れるとまた魂に戻って来ます。写しであれば構いませんよ」
クスクスと笑うマチュア。
それに頭を下げると、警官がゆっくりと口開く。
「では、私は北海道警察所属の加藤団十郎巡査部長です。こちらが、私の身分を証明するものです。では、写させていただきますね」
懐から警察手帳を取り出すと、加藤巡査部長はマチュアにそれを提示した。
やがて、テレビの緊急放送でここの出来事が放送されたのだろう。
あちこちから様々なテレビ局や新聞社の記者が走ってくる。
「これは‥‥この混乱ではどうしようもありませんね」
マチュアはそう呟くと、扉に向かって手を掲げる。
「私たちはまた三日後にやって来ます。その時には、有意義な話し合いができる場を設けていただけると助かります。なお、その時に私たちをたばかろうとしたりすると、私たちはこの国との国交は行いませんので」
それだけを告げると、マチュアは再び扉の向こうへと消えていく。
そしてゼクスがその後をついていくと、ゆっくりと扉が閉ざされた。
──ガチャァァァァァン
扉が元の銀色に輝くと、静かにその場に佇む。
ちょうど入れ違いに警察の機動隊も到着したが、私としてはそこでゲームオーバーである。
──ピッピッ
「あ、休憩時間終わりですか‥‥昼食べ損ねたしどうしよっかな」
私としては今の出来事には興味がある。
こう見えても、一昔前にはラノベやらアニメも嗜んでいた。
まだ夢も希望も昔はあったのだけれど、今はがむしゃらに仕事をしている。
先月、つまらない女と呟いて、彼氏も私の元から立ち去っていった。
そのとき、私は全てを悟った。
のんびりと、やりたい事をして生きていこう。
そして仕事一筋に生きていこうと。
「しっかし、とうとう異世界キターか。ラノベとして読むのは楽しいけれど、現実に目の当たりにすると‥‥なにかウズウズするよね」
まもなく夕方の営業時間。
本日の予約は六組。全て終わると22時の閉店よりも少し早い。
「それじゃあ、とっとと仕事しますか〜」
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
あれから三日。
赤城はのんびりと、いつものように無理をしないマイペースな仕事を続けている。
異世界カリス・マレスからやってきたエルフと人間の二人について、各局の情報番組ではあーだこーだと持論を展開している。
トリック説から始まって異星人の襲撃説、幽霊やプラズマ、集団催眠など様々な話で盛り上がっている。
くだんの扉は周囲に機動隊が配備され、さらに旧道庁赤レンガ庁舎の敷地自体が封鎖されてしまう。
という事で、赤城たちレストラン勤務者も暇となった。
暇となったが赤城も給料を貰っている身、いつ再開しても良いように最低限の仕込みと準備のためには出勤する。
そして約束の三日目に、その出来事は起こった。
当日の朝。
まだ肌寒い季節なのにも関わらず、赤レンガ庁舎の敷地外には大勢の報道が集まっている。
わざわざ櫓を組み、高いところから撮影しようとカメラを設置している放送局もあれば、近くのオフィスビルと交渉して窓から撮影しようとしている所もある。
そして、異世界の生エルフを見るために、大勢の人々がその後ろに集まっているのである。
報道の中には諸外国の腕章をつけているものまでいるのだから、これは世界的事件なのであろう。
「おーおー、ここは特等席ですねぇ」
道庁赤煉瓦亭、本日は閉店確定。
その為、職員たちは赤レンガ庁舎の二階から一連の出来事を見学している。
ここにはカメラは入れない。
観光課は、ここにカメラが入ることを拒否したのである。
「おや、赤城さんたちも今日はおしまいですか?」
「ええ。三笠課長もですか?」
「仕事になんてなりませんよ。そもそも建物すべてが閉鎖しれていますから」
「あはは。うちも同じです。シェフもスーシェフもとっとと帰っちゃいましたよ」
「ストーブ番の赤城さんは居残りですか?」
「まだスープストック取らないとならないのでねぇ。それが終わったら帰りますよ。今残っているのは私とホールマネージャーの谷口さんだけですよ」
「そうでしたか‥‥」
そんな話をしていると。
──キィィィィィィン
また三日前と同じ耳鳴りがする。
「痛っ‥‥またですかぁ」
右耳を抑えながら窓の外を見る赤城。
やがて扉が銀色から七色に輝くと、再びこの前のマチュアというエルフと、ゼクスと呼ばれていた騎士が姿を現した。
「お、赤城さん始まりましたよ」
「え、ええ。一体どんな話ししているんでしょうかねぇ」
のんびりとベランダで頬杖をつきながら見ている赤城。
とにかく騒がしく、敷地外からの雑踏げ声も聞こえない。
たが、今マチュアと話をしているのは間違いなくこの国のトップの一人。
菅野義偉・内閣官房長官その人である。
「うわぁ‥‥本気だ、日本は本気で対応し始めたよ」
流石にこの光景は感動ものである。
まさか日本が諸外国より真っ先に異世界と交渉の場についたのである。
まあ、アメリカは多分、異星人と影で交渉しているだらうからこれでイーブン。
アジア圏と北の大国は今頃歯軋りしているだろう。
何故、我が国ではなく日本なのかと。
「三笠課長って、小説読みますか?」
ふと隣で感動している三笠課長に問いかける。
すると
「三日前のあの事件でね、息子が参考資料だと言って漫画を貸してくれたんですよ。突然異世界と繋がるゲートが開いて戦争になってね。自衛隊がゲートの向こうに派遣されるという‥‥」
「あ〜、ゲート読みましたか。あれは私も好きですよ。空想と現実が綺麗に混ざって、それでいて違和感を感じない。本当に起こりそうですよね」
「ええ。昔はあんな空想漫画など歯牙にも掛けませんでしたが、今は理解できますねぇ」
「本当に目の前なんですよね。これは今後の展開が楽しみですよ」
そんな話をしている赤城と三笠課長。
すると、階下から誰かが駆け上ってくる音がする。
──ダダダダダダダダダッ
どうやら、今日来ている菅野官房長官の秘書の一人らしい。
少しだけ髪の毛が残念な秘書官は、ベランダでのんびりしていた赤城と三笠課長を見つけると開口一発。
「い、急ぎでそこのレストランで会食の準備を頼む。人数は四人分、完全防音の部屋があると聞いた」
「‥‥はぁ?」
その突拍子もない言葉に耳を傾ける赤城と三笠。
「ことは急務だ。いいね、昼までに頼むよ」
「‥‥昼までに四人前ですか。シェフもスーシェフも居ませんよ?」
「なんだと‥‥どうにもならないか?」
そう問われてもできないものはできない。
「誠に申し訳ありませ」
「わかりました。では一時間後まで四人分ご用意します。すぐに部屋の準備をしますので、貴賓の方々には今暫くお待ちいただけるようお伝えください」
赤城の言葉を遮って、三笠が思わず返答をしている。
「よし、では頼むよ、メニューは任せたからね」
それだけを告げると、秘書官は再び階下に走っていく。
「それじゃあシェフとスーシェフ呼びますか。今から連絡して準備して、この混雑と交通規制を乗り方こえて、老体に鞭を打って貰いましょうか」
スマートフォンをポケットから取り出す赤城だが。
「それで到着は?」
「さあ?シェフは西岡ですし、スーシェフは真駒内ですよ。それも結構奥」
「なら無理でしょうねぇ‥‥」
そう呟くと、三笠課長は赤城の肩をポン、と叩く。
「赤城臨時シェフ、頑張れ。さて。私は谷口マネージャーと打ち合わせするから、あとは頼みますよ」
笑いながら階段を降りていく三笠課長。
「え?嘘でしょ?」
唐突に現実が見え始めると、動揺が収まらない。
「‥‥ちょっと、冗談じゃないわよっ‼︎なんでそんな大役押し付けるのよっ。ラノベじゃあるまいし‥‥」
そう叫びながら赤城も階段を駆け下りると、一目散に厨房に飛び込む。
「おや、赤城さんどうしました?」
若手のコックが楽しそうに問いかける。
が、そんな余裕など全くない。
「全部のストーブに火を入れて。メニューナンバー5、貴賓対応で四人前。時間は正午、すぐに始めて頂戴」
厨房に響く声で叫ぶ赤城。
すると、それまで緩かった空気が一気に締まる。
「はいっ‼︎」
残って居たコックたちが一斉に動き始めると、赤城も次々と指示を飛ばしてからホールに出る。
「谷口マネージャー、話は」
レストランのホールマネージャーである初老の紳士・谷口弦一郎にそう話しかけるが、そこにはすでに三笠課長が到着していた。
「話は伺いました。部屋は奥の2号室をすでに準備しています。メニューは?」
「はい。北海道の食材メインのNo.5でいきます。あれなら肉食も魚も野菜も均等です。肉の食べられないエルフでも十分に対応可能かと」
「エルフの食生活についてはわかりませんのでお願いします。私はサービスの準備とワインの選定を行いますので」
「はい、お願いします」
そう頭を下げると、赤城は再びスマートフォンを取り出す。
──プルルルルルッ
急ぎシェフの足柄さんに電話を入れると、すぐさま電話が繋がった。
「赤城か。三笠から話は聞いた。すぐに向かえるように準備しているから、出来るところまで進めておけ。スーシェフの斎藤は無理だ、あいつはどっかに出かけて連絡つかない」
その力強い声にようやく落ち着き始める赤城だが。
今になって身体が震え始める。
「し、シェフ‥‥私が本当にできるでしょうか‥‥粗相があったら、もし失敗したら私は‥‥」
瞳に涙を浮かべる赤城。
もう一杯一杯であるらしいが。
「ミナトちゃんよ、メニューはなんだ?」
「な、No.5で」
「魚はニジマスがあるから、それに切り替えろ。ストックもそれに合わせてな。相手は異世界の異邦人、そもそもこっちの世界の料理なんて判らないんだからどうとでもなる」
「で、ですが」
「No.5なら俺の代わりに一人で指示したことがあるだろうが。すぐに向かうが今の責任者はお前だ、何かあったら責任はとるからとっとと厨房に戻れ‼︎」
「ふあぃっ‼︎」
──ガチャッ‥‥ツーッツーッ
電話が途切れると、赤城はぐいっと涙を拭く。
「さて、連絡は終わりですか?」
「ええ、谷口さん今日はお願いします」
「お任せを‥‥」
その言葉で完全に蘇った赤城。
すぐさま厨房に戻ると、不安そうなコックたちに一言。
「さて、それじゃ始めますよ。お客様が誰であれ、私たちは最高の料理を提供するだけです。気を引き締めていきましょう」
ニィッと笑う赤城を見て、皆少し落ち着いたらしい。
すぐさま全員が立場に着くと、早速準備を開始した。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。