◆第十話『大海蛇戦・前編』
ロウの指示どおりに進んでいくと、以前見つけた隠し通路に辿りついた。暗がりの中、2人で肩を並べて奥へと走る。
「やっぱりレア種の隠し通路だったか。でも、前に来たときは行き止まりだったぜ」
「突き当たりの壁近くに水があったろう。シーサーペントが出現すると、そこの水が引いて中を通れるようになる」
「なるほどな。そういう仕組みか」
どうりでなにもなかったわけだ。
話しているうちに奥のほうに仄かな青い光が見えてきた。竜の顔が彫られた大きな壁の前に20人ほどの挑戦者が集まっている。おそらく彼らがベイマンズを罠にかけたレッドファングの裏切り者たちだろう。
アッシュはロウとともに彼我の距離2、30歩程度のところで足を止める。彼らもこちらに気づいたようだ。ひとりの男が歩み出てくる。
「これは驚いたな。どうしてあんたがここにいるんだ?」
ダリオンは主犯格と思しき相手のことを〝ジグのクソ野郎〟と呼んでいた。見るからにリーダーといった振る舞いからして、おそらくあの男が〝ジグのクソ野郎〟で間違いないだろう。
ロウが目を鋭くして答える。
「勇敢な男が知らせてくれた」
「ダリオンの奴まだ動けたのかよ。殺しとけばよかったか」
ジグは舌打ちをして、そう吐き捨てた。
人の命をなんとも思っていないことがありありと伝わってくる。
「で、そっちのは? 見ない顔だな」
「アッシュ・ブレイブだ」
「ん~……あぁ、あのハーレム王!」
なんとなく予想はしていたが、こればかりは回避不能だ。案の定、彼らの仲間が馬鹿にしたように笑い声をあげていた。
「で、なに。そんな奴まで連れてきてベイマンズを助けようっての? ギルドを追放されたんだろ。だったらあいつを助ける理由なんてないだろ」
「ギルドメンバーかどうかは関係ない」
「裏切られたってのに義理堅いねぇ」
小馬鹿にしたジグの言い方にロウが眉根を寄せた。それが愉快だとばかりにジグは口の端を吊り上げながら、上機嫌に語りはじめる。
「これからレッドファングは俺がボスになって生まれ変わる。どうだ、俺の下につかないか? あんたほどの魔術師はいないからな。そこに跪いたらギルド復帰を考えてやってもいいぜ」
「復帰だと……? 笑わせるな。貴様がマスターな時点でレッドファングではない。それはただのゴミギルドだ。それより早くそこを退いてもらおうか」
ジグは大げさにため息をついて呆れた素振りを見せると、手に持った長剣を構えた。連動するように彼の仲間たちも戦闘態勢に入る。
「ま、行かせるわけないよな。もう始まってると思うけど、あいつらがしぶといのはよく知ってるからなぁ」
彼らがここにいる時点で予想はしていたが、やはりシーサーペントとの戦いはすでに始まっているようだ。急がなければならない。
ジグが勝ち気な笑みを見せる。
「いくらあんたでもこの数相手に勝てないだろ」
「……どうやらわたしは思った以上に見くびられているようだな」
ロウが左掌を突き出した、直後。
相手側5人の腕に黒い影が纏わりつき、収縮。ぴったりと貼りついた。
ロウの魔法であることは明らかだが、手当たり次第に対象を選んだのだろうか。……いや、違う。全員が腕に多くの腕輪をつけた魔術師型だ。
「ち、《サイレンスかっ!?》」
たしか6等級の魔法で効果は〝一定時間の魔法封印〟だったはずだ。ただ、一度に複数の対象者に放つには、その分だけ魔石が必要なはず。つまり《サイレンス》の魔石を5つも装着しているということだ。
同じ等級の《ディスペル》で解除は可能だが、一度に魔術師型が《サイレンス》をかけられたためにそれもできないらしい。
「くそっ、相手はウィザードだ! 突っ込め!」
アッシュは彼らを迎撃せんと即座にスティレットとソードブレイカーを構える。が、それを使う機会は訪れなかった。彼らに《ゴーストハンド》がかけられたのだ。先ほどの《サイレンス》と同じく5人ずつ。4度にわけて全員の足が止まる。
ロウが右掌をすっと突き出す。
「これで終わりだ」
「ま、待ってくれ! いまからみんなでボスを助けよう! 協力するから、な!? あんたが追放された件、ボスにも勘違いだってこと俺から説明する! だから――」
「もう喋るな」
その無様な懇願はロウの冷淡な声によって終わりを告げた。
ジグたちの足場が広範囲に渡って若葉色に光った。さらに同色の燐光が無数に舞い上がり、たゆたいはじめる。
次に瞬きを打ったとき、すべての燐光が凄まじい速度で動き出していた。それらは線となり、ついには激しい暴風を巻き起こす。ジグたちは一瞬の悲鳴を残して緑の暴風に呑み込まれた。それを機に暴風の中で雷のような発光まで起こりはじめる。
暴風からは充分に離れている。にもかかわらず踏ん張らなければ吹き飛ばされそうなほど激しい風がこちらにまで届いていた。まさに強烈な嵐そのものだ。
やがて暴風が緩やかに収まった。
あれほどの威力だ。やはり立っていられた者はひとりとしていなかった。全員が不恰好に転がっている。気を失っているのか、ぴくりともしない。
「なんつー威力だ……ロウ、いまの魔法は?」
「《テンペスト》。8等級の魔法だ。ゴミ掃除にぴったりで気に入っている」
「たしかに綺麗に片付いたな」
ロウにはまだ余裕がある。
最強魔術師の称号は飾りではないようだ。
ただ、ひとつ気になることがあった。
それはロウが対人戦闘に慣れていることだ。
もしかすると島の外ではそういったことを生業にしていたのかもしれない。そんなことを考えながら、アッシュはロウとともに奥へと向かった。
壁の両脇に設けられた壇。その左側が通路に繋がっているらしかった。アッシュは腰の高さまである縁から上半身を乗り出して中を覗く。
「お、ほんとだ。水がなくなってるな」
下の床までは人二人分の高さ程度といったところか。奥側には水で満ちていたときはあったはずの壁がなく、奥へと進めるようになっていた。
「アッシュ、きみはここまでだ」
早速飛び下りようとしたところでロウに待ったをかけられた。
「なに言ってんだ。最後まで付き合うぜ。……それともなんだ、俺は足手まといってことか?」
邪魔をしにきたわけではない。
客観的に戦力外と判断されたのなら悔しいが諦めようと思ったが、ロウは小さく首を振った。
「そういうわけじゃない。きみの力は道中で見させてもらった。充分過ぎるほどだ。ただシーサーペントを倒すには火力よりも回復役が2人必要だ。おそらくわたしが加勢したところで勝ち目はない。生き長らえるだけで精一杯だろう」
詳しい事情はわからない。
だが、足手まといでないことは間違いないようだ。
「そういうことか。理解した」
「ではここで――」
「よし、行くぞ」
アッシュは縁の上に飛び乗った。
ロウに服をがしっと掴まれる。
「おい、話を聞いていたのかっ!?」
「もちろん。ただ、友人を見捨てる理由にはならないな」
「だから、きみはどうしてそう――」
「それより急がないとだろ」
「……どうなっても知らないぞ」
言って、ロウは苛立ち混じりにため息をついた。
どうやら諦めてくれたようだ。
2人して飛び下り、奥へと進んでいく。通路は日干しレンガのようなもので形成されていた。所々が風化しており、まさに遺跡の中といった感じだ。
間もなく行き止まりとなった。正面には青い竜の顔が描かれた壁。手前の床には転移魔法陣が敷かれ、いまも仄かな光を発している。
「水中に出る。息を止めろ」
「了解だ」
アッシュは思い切り息を吸い込むと、ロウに続いて魔法陣に乗った。視界が白く飛んだのは一瞬。気づいたときには水の中にいた。とても綺麗で辺りをはっきりと視認できる。
狭い洞窟にそのまま水を浸したといったようなところだ。
魔物の気配はない。それどころか生物も見当たらない。
腹に響くような音がどこからか聞こえてきた。それも一度ではなく断続的に続いている。視線を巡らせると、頭上にロウの姿を見つけた。彼は水面へ向かって泳いでいる。
アッシュはロウのあとを追って浮上し、水面から顔を出した。瞬間、衝撃音が直に耳を叩いてきた。さらにそばの陸地に預けた両腕からは激しい振動が伝わってくる。
辺りを見回したとき、映り込んだのはだだっ広い空洞だった。手前は陸地だが、奥側は湖が占めている。そして、そこから目を疑うほどの巨大な魔物が姿を現していた。
前に突き出た口は一度に何十もの人間を喰らえるほど大きく、どれほど硬い肉も骨も容易に砕くであろう鋭い牙を生やしている。深い海色をした双眸のすぐ後ろからは長く太い4本の角が真っ直ぐに伸びる。
まさに竜といった頭部から伸びるのは蛇のように手足のない長い体。首元から体の半分に至るまでの背筋には針のように尖った鬣が伸び、外皮の上半分は宝石のごとく光沢を持つ鱗でびっしりと覆われている。
「ロウ、あれか?」
「そうだ。あれがシーサーペントだ」
大型レア種に近い中型レア種と聞いてはいたが……。
とてつもない迫力を前に、アッシュは思わず乾いた笑みを浮かべてしまう。
「ははっ……これは思った以上だな」





