◆第七話『アルカナシリーズのお披露目』
「見てみてー! アルカナシリーズ交換してきたよ!」
クララが交換屋から飛び出てくるなり、踊るように新品のローブを披露してきた。
《アルカナ》シリーズは5等級の防具だ。純白に金糸で模様づけされた外見は、その名のとおり神秘的な雰囲気を醸しだしている。プリンセスグローブもあいまってドレスを思わせる造りだが、スカートが短めなこともあって戦闘に支障はなさそうだ。
「お、いい感じだな。似合ってるぜ」
「うん、クララにぴったりだ」
「えへへ。初めて見たときから揃えるのはこれって決めてたんだーっ」
褒めてもらったのがよほど嬉しかったのか。クララははにかんだあと、その場でくるくると回ってローブをはためかせる。
「でも強化石なにはめようか迷うなあ~……」
クララがローブをぺたぺたと触りながら、うーんと唸る。
「たしか有利属性が相手なら属性石のほうが損傷軽減率は高いんだったよな」
「うん、ただその代わり汎用性はなくなるね」
こちらの確認にルナがそう補足して答えてくれる。
「やっぱり硬度強化かなぁ」
「わけて入れてる人もいるみたいだね。たとえば半分は硬度強化。もう半分は属性石みたいな。ただ、それも解除や装着するたびにジュリーが必要だから」
塔は5種類。いくら1本の塔を集中的に昇ったとしても色を変えるたびに属性石の装着解除を行っていたら少なくない費用がかかる。うぅ、とクララは呻くように悩んだのち、開き直るように頷いた。
「うん、やっぱり硬度強化にしようと思う!」
「いいんじゃないか。行き詰ったときに変えればいい」
ヴァネッサの話では、8等級階層では有利属性石で固めた装備がなければとても戦えないらしいが。そうした状況に直面するまでは節約の方向でいったほうが効率的だろう。
「ねねっ、いまから買ってきてもいいかな?」
「ああ、構わないぜ」
「じゃあ、ここで待ってて。すぐに済ませてくるからっ」
言って、クララは委託販売所へと走り出した。
はやる気持ちが見え見えで戦闘時さながらの全力ダッシュだ。
「当分あのローブで行くつもりみたいだな」
「やる気になってるみたいだし、いいことだね」
クララを見送ったあと、アッシュは近くの木造ベンチにどかっと座った。背もたれに身を預けて空を見上げる。と、ルナが顔を割り込ませてきた。
「アッシュ、今日は元気ないね」
「そうか?」
「うん、なんとなくだけど。そんな感じ」
そんなことはない、と言い切るには引っかかるものがあった。アッシュは視線を正面に戻した。あわせてルナも顔を引くと、首を傾げながら訊いてくる。
「やっぱりレッドファング関連?」
「ああ。昨夜、ロウとベイマンズが話し合える場をなんとか作れたんだが、失敗に終わってさ。それでロウの奴、決心がついたって」
「決心って……」
「島を出るんだってよ」
ロウが島を出るのは明日の正午。
短い付き合いだが、色々と悩みを聞いた仲だ。ルナとクララには悪いが、明日の狩りは遅めの開始にしてもらって彼を見送ろうと思っている。
「俺がとやかく言う立場にないってのはわかってるんだが、なんつーか……しっくりこないんだよな」
2人――ロウとベイマンズは互いに譲れない考えがあってぶつかった。そのうえでの結果だ。ただ、これまで長い間支えあってきた者同士が、こんなにもあっさりと縁を切ってもいいのだろうか。そんな思いが昨夜からずっとついて回っていた。
「男って面倒だよな」
「そういうアッシュも男なのに。でも、アッシュは面倒っていうより厄介かな」
ふとルナに優しく頭を抱き寄せられた。
額がちょうど彼女の胸元に当たる。
「急にどうしたんだ?」
「元気出してもらおうと思ってね」
彼女はぎゅうと引き寄せる力を強めた。
布越しに伝わるかすかな弾力。外からでは膨らみがあるのかわかりにくい彼女の慎ましやかな胸も、さすがにここまで密着すればはっきりと存在を認識できた。
「元気出た?」
「そうだな……少し足りないかもな」
「む、たしかにボクのは小さいけど、それはいくらなんでも傷つくよ」
「そういう意味じゃない」
ルナにはいつも色仕掛けでからかわれている。
その仕返しをしようと思った。
アッシュは素早く左手でルナの細い腰を抱き寄せ、さらに右手を彼女の頬に当てた。かすかに目にかかった彼女の銀髪を退かしながら、互いの顔の距離を近づけていく。と、ルナの白い肌が一瞬で驚くほど赤く染まった。
「な、なにをしてっ!」
どんな攻撃でも回避できるのでは。
そう思うほどの機敏な動きでルナが飛び退いた。
「どうした、ルナが求めてたのはこれじゃないのか?」
「いきなりは反則! 反則だっ!」
眉根を寄せながら必死に抗議してくる。普段の落ちついた振る舞いからは想像もできないほどの慌てっぷりだ。
アッシュは満足してにやりと笑う。
「いつもそっちから攻めてくるだろ。そのお返しだ」
「こっちにだって心の準備があるのに……」
ルナが大きなため息をついた。
ようやく落ちついたようだが、いまだ頬と首元はほんのりと赤く染まったままだ。
「……まったく、アッシュは女心がわかってないね」
「なにしろ俺は男だからな」
アッシュは肩を竦めて応じる。
と、視界の端にクララの姿を捉えた。
なぜか木陰に隠れる格好でこちらを見ている。
「クララ、戻ってたのか」
「……うん。いまさっき」
「どうした、顔赤いぞ」
「な、なんでもない! なんでもないよ! うん。なにも見てないから……大丈夫……」
凄まじく挙動不審だ。
「よ、よーし! 狩りに行こう! そうしよう!」
クララがこちらに背を向けて、ガチガチな動きで歩き出した。
「あれは完全に見られたね」
「みたいだな」
クララはいつも大人ぶっているが、まだまだ心は純粋な子供のまま。彼女の前で先ほどのような行動は控えたほうが良さそうだ。
「ま、ボクは勘違いされても問題ないけどね」
すっかり普段の調子を取り戻したか。不敵な笑みを残して、ルナはクララのもとまで走っていった。それから悪戯っ子のような笑みを浮かべながらクララに耳打ちする。
「クララー、聞いて聞いて。さっきアッシュがさー……」
「……えぇっ!?」
クララの顔が一気に赤らんだ。
肩越しに振り返ってちらりとこちらを見てくる。
目が合うなり、びくっとしてそらされた。
……訂正する。
控えたところで、ルナがいる限りなにも変わらなさそうだ。





